「ふ~ん…じゃあ約束だから、これ」
と、そこでエリザベータが話を聞きながら指先でいじっていた小瓶をアントーニョの目の前にちらつかせた。
中にはまるでアーサーの瞳のように綺麗な黄緑色をした液体…。
戯曲にもなった悲恋で使われたものなんだけどね。
死んでしまった恋人に残された人間のための薬」
「……なんだ、それ……」
それまで胃痛をこらえながら立ち尽くしていたギルベルトはそこでハッと我に返った。
自分の仕事はアントーニョを守ることだ。
綺麗だろうと、有名な劇の元になった悲恋で使われたものだろうと、そんなもので死なれてはたまらない。
それを取り上げようと慌てて駆け寄ったが、その動きにいち早く反応したアントーニョの蹴りで床まで跳ね飛ばされる。
ちょっと待て…と言おうにも、蹴られたことで息が詰まって声が出ない。
ゲホゲホと咳き込むギルベルトをよそに、エリザは伸ばしてきたアントーニョの手にそれを握らせた。
「お作法があるのよ。劇ではそれを無視して、残された男が短剣で胸をついて死んでしまって悲恋になってしまったんだけどね。
きちんと作法にのっとって使えばハッピーエンドよ」
にこにことこの上なく上機嫌で言うエリザ。
ちょっと待ってね、と、小瓶の蓋を取ったアントーニョに声をかけて、人差し指で小瓶の口をふさぐ。
「これはね、全部飲み込んじゃダメなの。
まず口に含んで…」
と、エリザベータは言うと、小瓶を塞いでいた指をひっこめて、アントーニョを促した。
アントーニョはそれに躊躇いなく小瓶の中の液体を口に含んだ。
「死んでしまった相手の口に半分以上流し込む」
と、そこで疑問の目で自分を見上げるアントーニョに、全く動じず
「死をね、大事な相手と共有するって事よ」
と、説明を付け加えると、アントーニョは、なるほど!と納得したような表情でうなづいた。
ああ、もうこんなことですら趣味に走るのマジやめてくれ…と、出ない声の代わりに行動で示そうと、片手で咳が止まらない口元を、片手で穴が開く寸前の胃を押さえながら止めるため走り寄ろうとするが、今度はどこから出したのかわからない鉄の塊、フライパンに邪魔をされる。
哀れ忠臣ギルベルトが床に沈んでいるその間に、エリザはようやく笑みを消して、真面目な顔で傷心の若き王の顔をのぞき込んで確認した。
「一時的な感傷じゃないのよね?
一緒にいるため…守るために、命と引き換えにしても後悔しないのよね?」
その言葉に、半分霞む意識の中、やめてくれ…思い直せ…と、ギルベルトは念じるが、エリザの言葉にアントーニョは強い意志をもってうなづいた。
そしてエメラルドの瞳を柔らかく細めて、ベッドに横たわる小さな白い顔に顔を近づけると、静かに目を閉じる。
「この馬鹿野郎っ!やめろぉぉ~~!!!!」
ギルベルトの叫びも届く事なく、アントーニョはアーサーの小さな唇に自らの唇を重ねた。
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