死にたがりの王子と守りたがりの王様の話6章_4

「…ギルちゃん……」
そこでアントーニョは初めてギルベルトを振り返る。

静かな…しかしゾッとするような狂気の目で……。

「…な、なんだよ…」
冷やりとギルベルトの背を汗が伝った。

「親分なぁ、今帯刀しとらへんのや」

にこやかに…まるでこの場に不似合いな明るい声音でそう言って立ち上がるアントーニョに、ギルベルトは後ずさった。

「急いどるんや。ギルちゃんの剣貸したって」
ゆらりとギルベルトの方に伸ばされる手。

ひどく緩やかに…しかし確実に近づく手をギルベルトは跳ね除ける。

「借りて…どうする気だ?」
「どうする?当たり前やん。あの子の傍に行ってやらな、誰があの子守ったるんや」
想像した通りの答えでめまいがした。

ああ…俺様失敗したのか……。

取り返しのつかない選択をしてしまった気がする。

守ることを切望していたアントーニョ……。
それに“本当に守られることが必要な相手”を与えてはいけなかった。

守られることが必要な演技くらい出来る相手を探すべきだったのだ。
そう…まかり間違っても本当に命を落としてしまうような相手はまずかった…。

アントーニョが、一度守る相手と決めてしまった以上、死んだからといってそれを諦められるような男だったら、自分はこんなに苦労はしていなかったのだ…。

どうすればいい?どうすれば………
思考が停止する。


「うん、死にたいだけなら薬あげるから。先に聞かせてもらえないかしら?」
と、そこで緊迫した空気を破ったのは、またしてもエリザの言葉だった。

その言葉に振り向くアントーニョにニッコリと

「だいたい…剣で血まみれになった状態で近づいたら、アーサー怯えちゃうわよ。
その点薬なら大丈夫♪」
と、常と変らぬ様子で言うエリザに、ギルベルトは吐血しそうになった。

ホントに…ホントにこの女は……と、頭を抱える。

協力者とは言っても、所詮絶対にアントーニョを守らなければならない自分とは立場が違う、それはわかっているものの、それはない。

そんなギルベルトの内心も知らず、アントーニョは今度はエリザを振り返った。

「…何聞きたいん?急いだって。こうしとる間もこの子怯えとるかもしれん…」

と、アントーニョはベッドわきに戻り、愛おしげな目で…しかしポロポロ涙を零しながらアーサーの頬を髪を撫で、小さな声で、『すぐ行ったるからな…。大丈夫やで』と語りかける。

ああ…もうどうすんだよ、これ……と、ギルベルトの方が泣きそうだ。

国と幼馴染…両方を守るつもりが、どちらも守れず、双方を深く傷つけた自分の浅慮が悔やんでも悔やみきれない。

そんな中で唯一淡々としているエリザベータ。

「あのね、さっきのアースロックの王族二人、この子の事弟だって言ってたじゃない?
てことは、それが本当ならこの子も敵国の王族なわけよね?」

唐突に始めたエリザベータに、アントーニョはアーサーから目を離さずに

「…そんで?」
と、うながす。

「…憎くないの?」
という端的な問いに、アントーニョはぽつりと
「…憎い……」
と返した。

え??
ギルベルトは耳を疑った。
さっきはこいつ、それでも良いって言ってなかったか?

「憎い…憎いわ。
そんなアホな事言いよって、この子追い詰めたあいつらが憎い。
別にどこの誰かてかまへんかってん。
この子が俺とおって安心してくれてたんは嘘やない。
せやったら、ええやん。
俺の城で俺しかおらへん所で静かに暮らさせたるんやから、別に誰にも迷惑かけへんやん!」

会話についてけねえ……そっちかよ……。
ああ…そろそろ胃壁に穴あきそうだ……。

「…もしかしたら…記憶ないって騙してた可能性もあるわよね?」

この女…もう俺様の胃壁に穴開ける気満々だな…。
とどめさしてどうするよ…。

胃痛でギルベルトも意識が遠のきかけている。

「それがどないしたん?
この子めっちゃ怖がりなんやで?
もし本当に記憶あったとして…アースロックの王族やったとしたって、言えるわけないやん。
ああ、でももしそうやったとしたら……それもこの子が怯える原因やったかもしれん。
可哀想に…めっちゃ怖かったやんな。
もし本当に記憶なかったとしたら、それはそれで、いきなり敵国の王族です言われて怖かったやろうし…。

離れたらあかんかったんや…。
目ぇ覚ましたらすぐ大丈夫やって伝えてやったら良かったのに……。
そしたらこの子、怖い思いさせたまま死なせたりせんですんだのに……。
堪忍…堪忍な……アホな親分でほんま堪忍や……」

白くなるくらいこぶしを握りしめてその場で泣き崩れるアントーニョを前に、やはりエリザは淡々としていた。

時に多くの死に立ち会うこともある医療従事者だからだろうか…それとも元々酷薄な性格なのだろうか…と、もう色々考えすぎて自身もぎりぎりで、キリキリ痛む胃を押さえながら、ギルベルトは思った。

自分は結局アントーニョのための医師なので、そこまでの割り切りが出来ない。

「結局…記憶喪失が本当であろうと嘘であろうと、アースロックの王族であろうとなかろうと、どうでもいいって事なのね?」

と、ごくごく普通のトーンで言うエリザに、アントーニョは横たわるアーサーに突っ伏して泣きながらコクコクとうなづいた。

「そんなん…どうでもええねん…。アーサーはアーサーやん…。
どこの誰かてかまへんかってん…。
そばにおってくれればかまへんかった……。
それグダグダ言う奴おったって、それからも…この世の全部から守ったったのに……。
ただ……守ったりたかったんや……」

――ただ…好きな…世界でいっちゃん大事な子ぉ守りたかっただけなんや……

泣きすぎていい加減嗄れた声で、アントーニョは小さく小さくつぶやいた。



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