死にたがりの王子と守りたがりの王様の話6章_3

「寝とるかもしれへんしな…静かにな」

こうして足早に戻ったアーサーの寝室前、普段騒々しい男が、珍しくそうギルベルトに注意を与えて、ソッとドアを開いた。

部屋はランプの灯りすらなく、ただ月あかりのみに照らされ、薄暗い。


「アーティ、寝とるん?」
と、部屋の中に足を踏み入れたアントーニョが不意に立ち止まる。

つられて入り口で足を止めたギルベルトが中を覗くと、窓際のベッドの横にエリザベータが静かに座っていた。

本当にあまりに静かな室内。
そして…ベッドの上には…静かに横たわる人影。

ここにきて随分と寝込んでいた時間が多かったので、すっかりベッドに馴染んだ細い身体と小麦色の髪。

いつもの光景…ただ違うのはその小さな顔にかけてある白い布であった。


「それ……なんの真似…なん?」

ひどく空気が緊迫した。
顔にかけてある白い布…通常どういう状況でそれが行われるか、当然知らないわけではない。
ベッドの上を凝視したまま、かすれた声で問うアントーニョの声が震えている。

「…………」

エリザベータから答えが無いことに一瞬息をのみ、次の瞬間アントーニョはズカズカとベッドへと近づいていった。

そしてベッドの上…小さな両手を胸の上で組み、静かに横たわっているアーサーの顔を覆っている白い布に手を伸ばした。

そのまま布を掴むかのように思えた手は凍りついたように空中で止まる。

それからほんの少しの間のあと、再度布に伸びた手は、今度はその布地を乱暴に掴んで、剥ぎとった。

ひゅっとアントーニョの喉が鳴る。

そのまま、まるでメデューサでも見た人間のように石になってしまったかのごとく固まるアントーニョに、エリザは静かに告げたのだった。

「たぶん…恐怖心とかそういうのが大きすぎたのね…。
ショックで心臓が持たなかったみたい…。
……意識を取り戻して…息を引き取るまで、あっという間だったわ」

その言葉にガクリとアントーニョの膝が崩れ落ち、ベッドの横に跪く。

意思の強さを思わせるまっすぐな視線と全体的を漂う精悍な雰囲気とは裏腹に、成人男性にしては意外と丸みを帯びたグリーンの目が大きく見開かれ、そこからは滂沱の涙が溢れでた。

信じられない…と言った表情で、ダランと垂れていた手をおそるおそるベッドの上に横たわる少年の白い顔に伸ばし、色をなくした頬を撫で、そのまま小さく整った鼻先に移動して確認するが、あるべき呼吸による空気の流れがない…。

少年の…まだかすかに温かさと柔らかさを保った頬には涙の跡。

「…アーティ…大丈夫やで?…親分がちゃあんと守ったるから…怖ないで?」

いつも何かに怯えて眠りながら泣いていた少年にしてやっていたように、声をかけ、髪を撫でてやった。

そうすると、いつも眠っていても安心したようにふにゃりと笑みを浮かべてその手に擦り寄っていたのに、今はぴくりとも動かない。

二度と…動かない……。
自分の手の中で守られて安心しきって笑ってくれたあの子はもういない……。


「……嫌や………」
自分の声とは思えない、弱々しく掠れた声だった。

「…行かんといて……お願いや……何でもする……何でもしたるから……
一人にせんといて…置いて行かんといてっ!!!!嫌やっ!!嫌やあぁああ~~!!!!」

アントーニョは声の限り泣き叫んだ。

あの子がもういない…それだけで、世界は絶望に満ちている。
辛くて苦しくて死にそうだった。
なのに自分は何故死なないのだろう。

アーサーが感じた恐怖より、今の自分の絶望と恐怖のほうが絶対に大きいはずだ。
なのに何故心臓は素知らぬ様子で脈うっているのだ!!

自分が唯一守るはずだった子がいないのに、何故自分は生きている?!
守らなければならなかったのに……突然の死であの子と隔たれてしまった…。

そう思った瞬間ハッとした。

そうやん…この子は親分が守ったらな…。
泣いてる場合やないやん……

それは当たり前の決意だった。


Before <<<      >>> Next


0 件のコメント :

コメントを投稿