死にたがりの王子と守りたがりの王様の話6章_2

こうして着いたまだ肌寒い季節の夜更けの裏庭は少々冷え込んでいて、あまり長居をしたいとは思えない。

それはアントーニョも同じようで、

「もう…交渉とか要らん気ぃする。寒い…。はよ戻ってアーティと寝たいわ」
などと、両腕で自分の身体を抱えて震えながら呟いている。


通常なら王族なら人質に取って身代金をと思うところではあるが、アースロックの先王はとにかく妻も多ければ子どもも多い。

ゆえにその多くの弟妹を持つ現王は、下手をすれば同腹の弟達ですら役に立たないとなると容赦なく切り捨てることもあるらしいので、下手な王族よりはまだ優秀な将軍などのほうが、人質としての価値はあるのだ。

ただ、そうは言っても、現王が目をかけている弟などもいるだろうし、一応今回とらえた王族がどのあたりの人間なのかを見極めなければいけない…というのが、こんな時間にこんな所で謁見している理由なのである。


すでに先に尋問を始めている兵によると、捕虜二人はどうやら現王の同腹の弟ということらしく、とりあえず第一関門は突破だ。
異母弟なら有無を言わさず切り捨てるところだった。

さて、それでは次の二択。

人質にして良いくらい気に入られている弟かどうかを聞き出させよう…と、ギルベルトが口を開きかけた時、いきなり

「トーニョっ!」
と、弾んだ声と共に軽い足音が近づいてくる。

へ?何故ここに?
と、誰もが思った。

月明かりに浮かび上がる小麦色の髪に真っ白な寝間着。
ふわふわと軽い足取りで駆けてくる様子は妙にこの場に似つかわしくなく、現実感がない。
人ならざる者…幽霊…いや、幽霊というより、精霊のようだ。

嬉しそうに少し頬を紅潮させて、大きな丸い目をキラキラさせている様子は大層可愛らしい。
それでもガウンの1つも羽織らずに寝間着一枚でいることにいち早く気づいたアントーニョが慌てて

「アーサー、自分、何しとるんっ!どうしてこんなとこに?!
ああ、それよりこんな格好で風邪ひいたらどないするんや。これ羽織っときっ!」
と、自分のマントを脱いで駆け寄ると、そのマントでアーサーを包んだ。

そこでアーサーは初めて寒さに気づいたらしい。
羽織ったマントの前を寄せると、

「あったかい…」
と、ほぉっと幸せそうに白い息を吐き出した。

ああ、可愛い…と思ったのはギルベルトだけではないようだ。
隣でエリザが声にならない声をあげて悶えているし、アントーニョも

「なんかトーニョがいなかったから探しに廊下に出たら変な通路みつけて……」
というアーサーの事を蕩けそうな目で見ている。

細くて真っ白で金色であどけない。
アントーニョならずとも、庇護欲を刺激される。
アーサーが来た途端、寒い空気が一気に甘く暖かくなった気がした。

しかし、それもほんの一瞬だった。

全てを凍りつかせたのは、鉄格子の向こうの捕虜の声だった。


「お前なんでこんなところにっ!!!」
と一人が叫んだ瞬間、アーサーの丸い大きな目が限界くらいまで見開かれた。

そして、ゆっくりと声の方向へと視線が移る。
見る見る間に青ざめる顔。
まるで狼に見つかってしまった子ウサギのように、その場で震えながら硬直している。

「お前、弟のくせに、ふざけんなっ!!助けろっ!!!!」

と、そんなアーサーに追い打ちをかけるように鉄格子をガタガタと揺するその男に、恐怖にこわばった視線を向けると、アーサーは小さな悲鳴を上げて、その場に崩れ落ちた。

「アーティっ!!」
慌ててそれを支えるアントーニョが

「ギルちゃん、ちょお頼むわ」
と、抱え上げたアーサーを差し出す。

が、これがよりによって例のアーサーの言っていた正室の兄達なのか…など色々がぐるぐる回って、咄嗟に動けないギルベルトの代わりに、エリザが

「私がっ」
と、アーサーをアントーニョの手から受け取った。

女のエリザでも抱き上げられてしまうアーサーが軽いのか、細身とは言え一応男であるアーサーを抱き上げられてしまうエリザが怪力なのか…。

んーまあ医療従事者は腕力あるやつ多いよな…。
と、それを他人事のように見ていたギルベルトは、物理的なものとは別に、アントーニョを中心に冷え込んでいく空気に、ハッと我に返った。

このところ見せていた明るい為政者、優しい保護者の顔ではない。
あまたの戦場で敵を叩き潰し踏みつけてきた苛烈な男の顔に、ギルベルトは柄にもなく恐れおののいた。

「すぐ行くからアーティの部屋に戻っておいて。治療頼むわ」
と、怒りを押し込めたような声で言うアントーニョにギルベルトは思う。

怒りの矛先は一体どちらに向いているのだろうか……。

ゴクリ…と、息を詰めて次の言葉、行動を待つギルベルトの前で、アントーニョはつかつかと兵士に歩み寄ってその腰から剣を引き抜くと、鉄格子の中の二人に突きつけた。

「嘘はあかんで?本当の事言ってな?
自分ら…あの子とどういう関係なん?」

ニコリと…しかし目が全く笑ってない。
問われた二人は顔色を無くし、問われなかったギルベルトは密かに安堵する。

蛇ににらまれた蛙のようにすくみ上った鉄格子の中の二人はお互い顔を見合わせた。
そして次に月明かりの下、銀色に光る剣の切っ先を見て青くなって息を呑む。

しばしの沈黙。
そのわずかな時間の間にも、静かに怒りを燃やす支配者の機嫌はどんどん降下していった。

一番近くにいる二人も当然それは感じていたのだろう。
次の瞬間、二人争うように、自分達はアーサーの兄で、自分達の母が実母亡き後一人になったアーサーを引き取ったので可愛がってやっていたのだと主張した。

ズサッ!!!

しかし、その二人の主張が終わるやいなや、アントーニョは無言で二人の心臓を一突きにした。

剣を抜くと吹き出る血。
互いの急所から吹き出る血を信じられないような顔で見る王子達。
パクパクと口から血を流す二人にアントーニョはニコリとまた冷ややかな笑みを向けた。

「嘘はアカンて言うたやん?
自分達がほんまにあの子の兄ちゃんかはわからへんけど…
あの子の目ぇは可愛がられてた相手に向けるもんと違ったで?
めっちゃ怯えとった…。
あれは酷いこと、恐ろしい事されてきた相手を見る目やったで」

欠片も揺らぎのない目……。

普通はこの敵国の王子達の弟だと言う事はアーサーとて敵国の王子ということになるだろうし、ギルベルトならいくらそれまで可愛がっていたとしても多少は動揺すると思う。

それがここまで揺らがず、自分にとって必要な情報を取捨出来るのは、ある意味才能だ。

ギルベルトが呆然と立ちすくんでいる間にも、アントーニョは剣についた血を払うと、それを兵に返して、

「ギルちゃん、行くで?」
と、当たり前に踵を返す。

「…行く?」
どこへ?というギルベルトの言外の言葉も正確に読み取ったアントーニョは、

「あの子…めっちゃ怯えとったから。大丈夫、守ったる、怖ないでって言うてやらんと…」
と、整った眉を少し寄せると、足早に城内へと戻っていった。

その表情からは先ほどまでの冷酷さも激昂も微塵も窺えない。
己の大事な相手を心底心配する思いやり深い男の顔だった。


来た時よりははるかに早い歩調で来た道を戻るアントーニョ。
ギルベルトもそれに合わせて小走りになる。

カツカツと静かな城内に響く靴音。
隣を早足で歩くアントーニョの顔には不安げな表情が浮かんでいる。
いつも、どんな時も、自信満々に特攻していく幼なじみの初めて見る表情。

「あの子に怖いこと思い出させたったかな…。
また熱でも出さんとええけど…」
と、らしくない小さなため息まで聞こえる。

ずっと側にいた幼なじみの自分でも、他の誰でも変えられなかったこの男を変えたのは、本当にたった一人、あの少年だけなのだなと、ギルベルトはしみじみ思った。


まあ…本当に自分が思った事は曲げない、他人の言うことなんて一切聞かないこの男でも、これからは少年、アーサーを通せば普通に言う事を聞いてもらえるのだろう。

これで俺様も胃壁の心配せずに済むな……と、思ったのは甘かった事をギルベルトが思い知るのは、アーサーの部屋のドアを開けた瞬間だった。


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