死にたがりの王子と守りたがりの王様の話6章_1

夜…ここ数日そうであるように腕の中には愛おしい温もり。
小さな金色の頭をアントーニョの懐に潜り込ませるようにして眠る優しい命。
アントーニョの幸せの全てがここにあると言っても過言ではない。


「…アーティ、寝てもうた?」

目を閉じて穏やかな顔で眠る少年に念のため聞いてみるが、返ってくるのは小さな寝息だけだ。
それに安堵して、アントーニョはソッとその丸い頭の下から自らの腕を引き抜いて、代わりに枕をあててやる。
そうしておいて、自分は静かに身を起こした。


「ギルちゃん、裏門から連れてきたった?」

アントーニョはそのままアーサーの寝室を出ると急いで私室に戻って着替えをして、要人の私室を隔てる門のあたりで待っているギルベルトに声をかける。

「ああ、言われた通りにしたぜ?」
と、こちらもすでに執務用の服を着たギルベルト。

その隣には気配で起きたのだろうか。
ラフな私服のエリザまでいた。


敗走するアースロックの王族を二人、騙して引き止めている…
元フォレストの民が作る村の村民からその報を聞いたのは、一昨日のことだ。

アースロックによって亡国になったフォレストの民は元々アースロックを嫌っているのもあるが、わざわざテソロに手を貸そうということになったのは、戦闘が始まる前からずっとギルベルトが人道的政策とやらを取ってきたためらしい。

今回王族の捕虜を差し出してきたのも、ギルベルトがボランティアで無償で医療に従事した村の民である。

知らせを受けてこちらの兵士が村人の手引で二人を捕らえ城まで護送した。


通常ならここで城内の牢に入れ、尋問専用の部屋で尋問という手順を取るところなのだが、今度の戦いに限りアントーニョは全ての捕虜を城内に入れるのを禁じている。

何か交渉に使えるような者は直接王城近くの城の1つへ護送させ、そうでない者は城から少し離れたあたりで処刑させた。

だが今回は現国王の王弟ということで、実績や能力によって価値が決まる将軍や兵と違って、交渉に使えるかどうかの見極めが少し難しい。

なので護送するか処刑するかを決定するため、宰相と王自らが見分することにしたのだが、例によって城に入れないように、目立たぬようにということで、夜中に城の裏門での謁見とあいなったのである。


「そもそも…なんで目立たないようになの?」
夜更けだけあって眠そうな様子で、ふわぁ~とあくびを噛み殺しながらエリザが聞いてくる。

「知るかよ、俺様も聞きたい。」
と、それに対してギルベルトも肩をすくめた。

のんきにさりげなく…と、こころがけてはいるが、二人共実は内心緊張している。
そう、エリザが起きてきたのは偶然ではない。
今日の事をギルベルトに聞いているからだ。

わざわざ秘かに…ということは、ギルベルトとエリザがアーサーの身分を隠している共犯であるという事はとにかくとして、もしかしてアーサーの事を実は…全くそうは見えなかったが、疑っているのだろうか…という可能性も考えられる。

捕虜に秘かに何か聞き出そうというのか…。
それはまずい…。
そう思ったギルベルトがエリザにも協力を求めたというのが真相だ。


テソロの国には直接利害のない、反アースロックなエリザが言う方が安全だろう。
そう思って必要な事はエリザに頼もうと予めの打ち合わせの通り、さりげなさを装って聞いたエリザの質問に、アントーニョは

「なん?ギルちゃんに聞いてへんの?」
と、目を丸くした。

きいてないのかだと~?!
自分が聞いた時は教えなかったじゃないか。
教えられてなくて知らないのに俺様が教えられるわけないじゃないかっ!

そんな気持ちを込めてギルベルトが

「俺様も知らねえだろっ!前聞いた時には『なんでわからへんの?あほちゃう?』って返されたじゃねえかっ!!」
と、言うと、アントーニョは

「そやっけ?」
と当たり前に言う。

「そうだよっ!」
「あ~、そうやったかもしれへんなぁ。でもわかるやろ?」
「わかんねえよっ!」
と、そんなやりとりをすると、アントーニョに残念なものをみるような目で見られた。

正直…アントーニョにそういう目で見られると腹が立つ。
それでなくても疑われているのかもと思うと余裕がないのに、胃がキリっとわずかに痛んだ。

「で?なんでなの?」
と、そこで煮つまりかけたギルベルトの代わりに、エリザがさらっと話を元に戻す。
ぎりぎりのところで胃壁が守られた感じだ。

さすがに幼なじみのギルベルトに対するのとは違って、彼女に対してはアントーニョもちゃかさない。

「あ~、あの子な、記憶無くすくらい怖い目にあってもうたやん?
記憶ないなりに怖かったって事だけは覚えてたらしくて、ここ来た当初は寝ててもえらいうなされて泣いとったし。
せやからアースロックの軍服とか兵士とか目にいれたないねん。
また怖い事、辛い事思い出させたないんや」


なんだ…そういう事だったのか……。
考えてみれば、疑っているというよりソッチのほうがずっとアントーニョらしい。

とりあえずホッと肩を撫で下ろすギルベルトだが、エリザの方は

「でも…記憶戻るかもしれないでしょ?
そうでなくてもあの子の事、何かわかるかもしれないし…」
と、さらにもっとツッコミを入れている。

ギルベルト的には下手に突かないでくれと内心胃がまたキリキリするが、それを口に出すわけにも行かず、恐る恐るアントーニョの返事を待った。

そろそろ着いとるみたいやから、歩きながらな~と、特に緊張した様子もなく歩き始めながら、アントーニョはごくごく普通に話しだした。

「アーサーについては…必要な事はわかっとるよ」
「え?!」
アントーニョの口から出た思いがけない言葉にギルベルトとエリザに再度緊張が走る。

が、続く言葉は二人の想像とは離れた内容だった。

「あの子は…ほんま世界にすごく怯えとる。
世の中は自分にとって怖いもの、辛いものやって思っとるんや。
生きているのは恐ろしい事で、それなら死んでしもうた方が楽やと思っとるんやないかな。
寝込んどる時のあの子見てるとそんな感じや。
このまま病気が重うなって死んでもうても構わへん…そう思うとる気ぃするわ。
せやから…生きてるって事は怖い事ちゃうって教えてやらんかったら……これ以上怖い、辛いって思わせたらあの子は簡単に死んでまう。

記憶がないって事があの子のストレスになっとるんやったら、調べてはやりたいけど、その過程でストレス与えるのはあかんし、あの子自身が気にせえへんのやったら、そんな怖いことや辛いこと思い出すような記憶は戻らんでもええんちゃう?
そんなんわからんでも親分がちゃんと城で面倒見たるし。

あの子がどこの誰やろうと、天使やろうと悪魔やろうと、もう手放す気ぃはないし、誰も探しに来おへんように、城の奥で暮らさせるから関係ないわ」

正直驚いた。

世間とか世情とか建前とか…そういう物を全て取っ払った本質だけを見事に抜き出して理解している。
そのこだわりなく本当に必要なものだけを抜き出す力が、あれだけどんな不利な戦いでも常に勝ち続けられた才能につながるのかもしれない。

「お前…実はすごいやつだな…」
ギルベルトは心から感嘆した。

まず情報を集めてそこから分析していく自分が秀才肌だとすると、アントーニョは天才肌で…だからこそ数多くいる優秀な従兄弟達の中で唯一、王に選ばれたのだろう。
敵と味方、信用できる奴と出来ない奴…それを見抜く能力も、アントーニョは潜在的に備わっている気がする。

これは…初めからアーサーの事全部話しても大丈夫だったかもな…と、ギルベルトは今更ながら思った。

アーサーに敵対心がない…それはギルベルトの分析よりもアントーニョの直感の方がはるかに確実だったような気がする。

今からでも遅くはない。
この捕虜の取り調べが終わったなら、アントーニョに言ってみるか…。

念のため、隠すという提案をしたのは自分で、それに従わなかったら楽に死なせてやれないかもと脅したことも、全て話せば、自分は1,2発くらいは殴られるかもしれないが、まあ、矛先はアーサーには行かないだろう。

世の中の全てに怯えている…それを理解していてくれるのであれば、ギルベルトの提案を断るという選択をできなかったアーサーに対しては十分許容してくれるはずだ。

結局、自分自身も、懐に入れてしまった者は守ってやりたい…そんな守りたがりの王様の幼馴染なのだ。

自分も関わってしまった薄幸な少年の事は守ってやりたいと思ってしまっているのだろう。

ギルベルトはそんな事を考えながら、先を歩く。



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