まだ牢に入れられていないのが不思議だ。
病人だからとりあえずは考慮しようということなのだろうか…。
あの優しい人の良い王なら考えられる。
そんな相手を騙して傷つけたと思うと、本当に居たたまれない。
それでもさすがに、いつも側にいたアントーニョの姿はない…当然だ。
もう自分の顔なんて見たくないだろうから……。
その代わりに部屋にいたのはエリザベータだった。
彼女はアーサーが目を覚ました事に気づくと、特に慌てる様子もなく歩み寄ってきて、ベッドの側の椅子に腰をおろした。
「エリザ…バレた…もう駄目だ」
彼女も真相を知っているはずだ。
とにかく誰かと気持ちを共有したくて言うが、エリザベータは落ち着いた様子で
「まあ落ち着きなさい。」
と、ブランケットの上から軽くポンポンとアーサーの肩を叩く。
「落ち着けるわけないだろっ!二人は俺との関係を話したのにっ?!」
アーサーはガバッと半身を起こして叫ぶ。
涙がポロポロ流れて止まらない。
こんなことなら…アントーニョに敵国の王子で騙していたと知られて軽蔑されるくらいなら、もっと早くに死んで於けばよかった…。
そう言って泣き続けるアーサーに、エリザベータは淡々と言った。
「飽くまでシラを切り続けなさい。記憶喪失だと主張し続けるの」
「…そんなの…無理だ。」
「無理でもやるの。
今回の事はあなただけじゃない、ギルも私も共犯なんだから、無理でもやってもらわないと」
「無理だっ!!」
さすがにアントーニョだってもう騙されるはずはない。
これ以上軽蔑されるのには耐えられない。
泣きながら首を横に振るアーサーに、エリザは静かに聞いた。
「じゃあ、あなたはどうしたいの?」
どうしたい?
そんなのわかるわけがない。
ただ…優しかったアントーニョを傷つけたくなかったし、嫌われたくもなかった。
わがままで勝手なのはわかっているが、自分のことを好きだと思ってもらっているうちに、死んでしまいたかった……もう手遅れなのだけど……。
それでも……
「死にたい……トーニョにはっきり嫌悪を向けられる前に死にたい……」
「わかったわ」
エリザはスッと立ち上がった。
そして医療カバンの中から小瓶を出して、アーサーに握らせる。
「自然死に見える毒薬よ。
あなたがカミングアウトしない限りは私達はなんとでも乗りきれるから。
好きにしなさい」
「どく…や…く……」
それは綺麗な緑色をしていた。
まるで大好きなアントーニョの瞳の色のように……。
アーサーは愛おしいモノにふれるように、その小瓶をソッと撫でてかすかに揺らしてその色合いを楽しんだ。
ああ…こんなに綺麗な色に殺される事が出来るなんて、なんて幸せなんだろう…。
「エリザ…ありがとう…」
アーサーは心から礼を言った。
そうして小さな瓶の中身を飲み干した。
その美しい色の液体は、まるで同色の瞳を持つ優しい王の紡いでくれた言葉のように、甘い甘い幸せな味がした。
コトリと白い手から転がり落ちる小瓶。
それを拾ってカバンに戻すと、エリザベータは呼吸を止めてベッドに倒れこんだ少年の手を胸の上で組ませて、自分の髪に飾った花をその手にそっと握らせてやった。
0 件のコメント :
コメントを投稿