死にたがりの王子と守りたがりの王様の話5章_2

「…とーにょ?」


とある日の明け方の事だ。
アーサーが起きたら隣に確かに一緒に床に入ったはずのアントーニョの体温がなかった。
それだけで、ひどく不安に駆られる。

外はひどい風で、ざ~ざ~と揺れる草木の音が、なんとも不吉な始まりを演出している気がした。
実際、それは嵐の始まりだった。



アーサーは大急ぎでベッドを抜けだすと、ふわふわのスリッパに足を通して、今の時点でアーサーにとっての安全地帯である部屋をあとにする。

誤解のないように言っておくと、他が危険というわけではない。

一日半ほどの距離にある国境を隔てたアースロックとの戦いはすでに勝利し、その地域の平定は完全とはいえないものの、それで増えた領土により、彼の国との国境はさらに遠いものになっているし、ましてやそこからテソロ側に離れた城内まで敵がくるということはまずない。

この場合の安全というのは、ただ、城内の者がそこにアーサーがいると認識して、不適切なものからは遠ざけ、何かあれば即みつけて対処してくれるという意味に過ぎない。
そして、アーサーが広い城の中で迷わずにいられる範囲という意味でもある。


まだ夜が明けきらない城内は、廊下に一定感覚で灯されたランプの灯りがあるだけなので薄暗く、普通なら気味の悪さや恐ろしさを感じるものかもしれないが、ここに来る前は夜明けと共に仕事をさせられていたアーサーにとっては、それはそれほど緊張をもよおす暗さではない。
それよりも隣にいたはずのアントーニョが居なくなっている方が問題だ。
パタパタと軽い足音をたてながら、暗い廊下を進んでいく。

時間が時間なので、誰にも会うことなく、アーサーやアントーニョ、ギルベルトや最近ではエリザのも加わった、いわゆる要人扱いをされるあたりの私室が連なる一帯を超えると、大きな門のような物があり、護衛が詰めている。
その門を越えようとしたところで、アーサーは護衛に呼び止められた。

「こんな夜更けにどうなされました?ご気分が優れないようでしたら、医師を…」
と駆け寄ってくる護衛に
「違うんだ…」
と首を振る。

「アントーニョがいなくなってたから……」
と言うと、護衛の一人が
「ああ、陛下ならいま…」
と言いかけて、同僚に止められる。
そして止めた同僚が何やら言い含めて、うなづいた。

「陛下はお仕事中で…何か火急の用事であればお伝えしますが?」

と、取ってつけたように言われれば、言葉通りではないのだろうということは、さすがにわかる。
そしてまた、それを指摘した所でそれ以上聞き出す事も出来なければ、ここを素直に通してもらえないであろうということも、またわかった。

そうまでして自分に隠さなければならない事は何なのだろうか…。
最近は心配だからと片時も側を離れないくらいなのに、こんな夜更けに抜けだしてまで?
何か…自分に知られては不都合な事が?
アーサーの正体に関する事か…もしくは…誰かと床を共にしているか……。

正体については、アーサー自身はほとんど城の外どころか部屋の外にも出ていないので、今更バレたというのもなさそうではあるので、可能性が高いとしたら、アントーニョが誰かを抱いているほうだろうか…。

正直アーサーは今までそんな余裕がなかったのもあって、そういう欲求を感じた事はほぼなかったのだが、アントーニョはあれだけ容姿もよく、権力もある男だ。
今までだって女でも男でもその気になれば手をつけ放題だっただろうが、最近アーサーにつきっきりだったこともあってそんな機会を持てず、正常な成人男子としてはそういう欲求だっていい加減たまっているだろう。

もちろん、アーサーは別にアントーニョの妻どころか、そういう関係では全くないのだから、アントーニョが誰かを抱こうと隠す事ではないとは思うが、気恥ずかしいというのはあるかもしれない。

………気恥ずかしい…それだけならいいんだけど……
そこでまた悲観主義的な考えがむくむくとアーサーの心の中に沸き起こった。

伽も出来ない手がかかるばかりの自分より、欲も発散させてくれる誰かの方が良くなったら……
いや、もう良くなっているかもしれない。
明日の朝には、金貨の袋を手にしたギルベルトに城を出て行くように言われるかも……。

…いやだ……
脳裏に浮かんだのはまずその言葉だった。
そのくらいなら…はっきり言われる前に…また一人ぼっちになる前に死にたい…。

死にたがり屋の気質がまたむくむくと顔を覗かせるが、まだ確証があるわけではない。
まずは確認しなければ…。

ということで、ここでこうしていても仕方がない。

「そうか…仕事か。ならいいんだ。」
アーサーはそう言って一旦は大人しく部屋に戻った。

もちろん諦めたわけではない
そうして大人しく引くようにみせておいて、自分の部屋、そしてその前あたりの廊下を丹念に探った。


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