「…トーニョ………」
と、か細い声と共にアントーニョを潤んだペリドットが見上げてくる。
「…なん?ちょっと呼吸楽になったか?」
と、聞くと、コクンとあどけない様子でうなづく少年に、アントーニョは愛おしい宝物をどうやら失わずに済んだらしいことにホッとしてようやくその小さな唇から唇を離すと、最後にその可愛らしい小さな鼻先にチュッと口づけを落とした。
「身体は?辛ない?」
こつんと額と額を軽くぶつけて言うと、アーサーはまたコクンとうなづく。
「そか、良かったわぁ…。
でも無理したらあかんよ?苦しくなったらすぐ親分に言うんやで?」
自分になんかあったら親分ショックで死んでまうわ…と、その小さな頭に顎を乗せて、そっと細い体を抱きしめると、おずおずと小さな手がアントーニョの背中に回されて、シャツの背中のあたりをぎゅっと握りしめる。
ああ…もう可愛すぎてあかん……。
愛おしすぎて言葉も出ず、アントーニョがただただ幸せをかみしめていると、抱きしめた胸元から小さな声が聞いてくる。
「…あのレディは?」
「あ~、ギルちゃんが連れてきた薬師やねん。ギルちゃんはどっちかっていうと怪我専門やさかい、自分が体調崩したりしても必ずしもちゃんとした治療できひんから。
元フォレストの王族付きの薬師やから腕は確かや。
親分の大事な大事なアーサーの治療してもらう薬師やからな。
ちゃんとしたのを雇わんと」
そこでアーサーはどうやら自分が勘違いしていたらしいことに気づく。
念のため…と、アントーニョにしっかり抱きついたまま、少し離れたところにいる女性に目を向けてみるが、アーサーがこの整った容姿の若き王に抱き込まれているところを見ても、女性は特に不快な様子を見せることもない。
むしろ嬉しそうな顔でこちらを見ている。
きっと自分が体調を回復させたことで、喜んでいるのだろう…と、アーサーは納得した。
よもや…こうやって自分とアントーニョが抱き合っている事で喜んでいるなどという事は、思いもよらないことである。
こうしてアーサーは、自分が生きている事を望んでいる人間が一人増えていることを知り、また少しだけ、生きていてもいいのかな?と思う。
ストレスに弱い…それは確かだが、それ以上に悲観主義者で諦めが良すぎて後ろ向き。
それが死にたがりという形に結びついているこの王子が、諦めないで良い、死にたがらなくても大丈夫、そう思えるまでには、まだもう少し色々事件を越えることになる。
その時にこそ、宰相ギルベルトが完全に胃薬を手放せることになるのであった。
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