死にたがりの王子と守りたがりの王様の話4章_6

(…上手いな)

確かにこれでアントーニョはさらにアーサーの傍につきっきりになって、自ら前戦に行こうなんて気を起さなくなるだろう。

そんな二人のやりとりに、目に見えて張り切るアントーニョを横目にぼそりとギルベルトがつぶやくと、その小さな小さなつぶやきを拾ったエリザベータは肩をすくめてこちらも小声で答える

(…フォレスト民族の特色とか全部本当の事よ。
まあ…だから、双方渡りに船ってとこね)

(マジか?)
(ええ)

守りたいアントーニョにとっても必要な人材ではあるのだが、実はアーサーの方も守られることが必要な人間だったのか…。
なんて都合がいい…。

さらにこの女…エリザベータはアーサーを守るために必要な人材で、エリザベータからしても二人は自分の趣味の部分の満足感を満たすのにとても良い人材らしい。

そして…アントーニョとアーサーをなるべく近づけないといけない自分にとっても、理由はとにかく、二人をくっつけて楽しみたいエリザベータは強力な協力者になるだろう。

現実主義のギルベルトも、もうここまでくると、これは本当に神様が引き合わせたんじゃないだろうか…などと、彼らしからぬ事を本気で思った。


「エリザちゃん、おおきにっ!ほんまこれからもよろしゅう頼むわっ!!」
テンション高くエリザベータの手を取るアントーニョ。

それが戦いという形じゃなくとも、自分が守ることを求められ、認められていることで、目に見えて機嫌が良い。

「こちらこそ、亡き王国の貴人を助けてくれてありがとう。
愛情を思い切り与えてあげてねっ」
と、それに応えてキラキラした良い笑顔でその手を握り返すエリザベータ。

その笑顔に医師としてだけではなく、色々個人的趣味を含んだものを感じなくはないものの、まあ実害はなさそうだからいいか…と、そんな二人を生温かい目で見つめるギルベルト。

これでとりあえず一安心か…と、それぞれが思った束の間の平穏は、次の瞬間崩されることになる。


最初に気づいたのはアントーニョだった。

「アーサーっ!!アーサーっ、どないしたんやっ!!しっかりしぃっ!!!!!」

ほんの少し離れているだけなのに、何度も何度もベッドで眠っているアーサーを確認していたアントーニョがまた確認に視線を向けた時、浮かんでいた笑顔が一気に凍り付く。
ほとんど悲鳴のような声をあげて駆け寄ったベッドの上では、真っ青な顔をしたアーサーが震えていた。

ついさきほどまでは落ち着いた様子で眠っていたのに、なぜ?!
最初の時よりひどい。
呼吸困難を起こしているようだ。

「どいてっ!!!」
ドン!!とアントーニョを突き飛ばして、駆け寄ってきたエリザベータがアーサーをのぞき込む。

「アーサーッ!!アーサーーッ!!!!!」
「とりあえず、助けたければ邪魔すんなっ!!」
狂ったように名を叫び続けながら近づこうとするアントーニョをギルベルトが押さえつけた。

そうしている間にもエリザベータはアーサーの様子を確認している。

「ギルっ!良いからっ!王様離してっ!!王様はこっちきて!!」
エリザベータの言葉にギルベルトがパッとアントーニョを開放すると、アントーニョははじかれたように駆け出していく。

「なあ、助けたってっ!!この子助けてくれるんやろっ?!!
自分、そう言ったやんなっ?!!」
すぐ近くで聞こえる声にわずかに意識が戻ったのか、アーサーがうっすら目を開けた。

苦痛のためか生理的に浮かんだ涙で潤んだ大きな瞳が自分の方に向けられたことに気づくと、アントーニョは、苦痛に耐えるようにきつくブランケットを握りしめる小さな手からブランケットを外させて、自分の手を握らせた。

「アーサー、親分やで?!わかるかっ?!そばにおるからなっ!大丈夫やからなっ!」

握りしめる手の力の弱々しさが不安で、アントーニョは自分の方が強くその手を握りしめる。
しっかりと捕まえておかなければ、あっという間に弱って消えてしまいそうだった。

「お願いや…この子助けたって…。
この子になんかあったら、親分死んでまうわ…」

キリキリと痛む心臓はもう限界で、耐えられそうにない。
一度手にしてしまった希望をなくしてしまえば、自分は気が狂って死んでしまう。
守ってやるはずの命を目の前で失ったりしたら、本当に死んでしまう。

綺麗なエメラルドグリーンの瞳からポロポロと涙をあふれさせて嗚咽するアントーニョを振り返ったエリザベータは、ぱちぱちと目を瞬かせながら何か考えていたが、唐突にパチンと両手を打った。

「とりあえず…この子の呼吸を手伝いましょう」
「呼吸を?」
と、その言葉にアントーニョのみならずギルベルトも意味がわからず目を丸くする。
それに良い笑顔でうなづくエリザベータ。

「薬を飲ませようにも過呼吸起してるから、そっちが先ね。
過呼吸っていうのは空気を取り込みすぎちゃうもので…要は空気を適量吸えてないの。
だから丁度いい量吸えるように、調節してあげないとなのよ。
ポピュラーなものだと口と鼻に袋とか被せて吸いすぎないようにとかするんだけど、少し隙間作ってやらないと今度は逆に窒息しちゃうし、加減が難しいから……王様、口で塞いで適量吸うように調節してあげて?」

「…俺は普通に呼吸しとればええん?」
「そそ。自分が苦しくない程度にしてれば、この子も窒息しないでしょ?」
「わかったわ。やってみる。」

真剣な顔でアーサーを抱き起して
「親分が手伝ったるからな。頑張って息しような」
と、声をかけて口づけるアントーニョ。

「さて…と、これでいっかな」
と、それを確認すると、ドスンと椅子に座って、にこにことそれを眺めるエリザベータ。

そして…
「おい…趣味に走んのは良いけど……」
と、ギルベルトが眉尻をさげて言うのに、

「大丈夫。過呼吸もホントなら空気を吸いすぎないようにっていう対処も正しいから。
やり方に若干私へのご褒美が入ってるだけでっ♪」
と、言い切りながら、ガン見している。

「やっぱりね、私も女だから………」
「女だから?」

「ガチっぽいのよりも、こう、ここの王様みたいに男っぽい美形とあの子みたいに可愛いタイプの方が絵になって楽しいのよね。
ムキムキ同士にも男臭い魅力があるんだけど、ほら、やっぱり絵物語の延長みたいな方が美しいじゃない?」

…知りたくないです。俺様そんな世界は知りたくないし、そんなものにはまってる女の心境なんかもっと知りたくないっ!

本当に連れてくるのこの女で良かったんだろうか……と、ギルベルトは遠い目をするが、そんな切羽詰まった苦労性の宰相の気持ちなどどこ吹く風、エリザベータはキラキラ…(ギラギラか?)した目で身を乗り出している。

「あの子、アーサーからするなら触れるだけのバードキスとかが可愛くていいんだけど、王様からするなら、深いガッツリしたやつよねっ!
今回、呼吸を促してるから、深く唇が合わさってるし、ちょっとディープキスみたいな感じがいいわよねっ!さすが私♪
やっぱり美形同士だと絵になるわぁ。村の男たちだと、華が足りないのよ。
おまけに思うように絡んでくれないし…やっぱりここ来て良かったわ~」

きっとボランティアで行った村とは違う意味で、エリザベータの居た村では自分は青年達に救世主として讃えられているんだろうなぁ…と、ギルベルトはやけくそのように思う。

いや、でも、いいんだ。
きっとアントーニョはエリザベータからどんな目で見られていても気にしないだろうし…。

たとえがっつり趣味に走ろうと、怪我の対処に詳しくても病気の対処には詳しくない軍人上がりの医療従事者な自分と違って、王室付きの一族なら病気にも詳しく、二人をくっつけるためならと、アーサーの秘密も守ってくれる。

いいじゃないかっ!
俺様の仕事はアントーニョを安全な場所に引き止めておくこと、それだけだ。

もう、色々アレな薬師様の性癖にはこの際目をつぶってやる!!

……俺様がターゲットにならない限りは…


有能な若き宰相ギルベルト・バイルシュミット…その明晰な頭脳と有り余る才能のみならず、それに溺れずに努力する強い意志の持ち主……なのにいまだにやっぱり、妥協と忍耐の人生を送り続ける事になりそうだ。


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