死にたがりの王子と守りたがりの王様の話4章_2

自分は契約の破棄を企んだ…と、アーサー的には認識していたが、ギルベルト的にはそれでもアーサーを害するという選択はないらしい。
ギルベルトにとっては、とにかくアントーニョに守られて生きてくれる事が最重要課題だという事だ。

ということで、アーサーの今回の行動も咎めだてする事もなく、ただ、アントーニョには、アーサーが薬草に通じてたり、自分で多量の薬を飲んだのだという事は秘密なので、今回の事は単なる体調不良で、しかし元フォレストに伝わる薬しか効かないので、その薬に通じている現地の人間を探してくるということになった。


こうしてギルベルトが大急ぎで来た道を戻った後、アーサーはアントーニョと一緒に自室として与えられた部屋に取り残される。

もちろん対処が決まったからと言って体調が変わるはずもなく、相変わらず痛みと苦痛は続くわけだが、部屋に来てのたうち回っていたアーサーを発見して以来、アントーニョはずっとそばにいてくれた。
そして、苦痛と痛みにうずくまるアーサーの背をずっとさすってくれる。

治療らしい治療もできないままなので、当然痛みは続くわけだが、不思議なことにアントーニョの大きく暖かい手が触れた箇所は、痛みが少し和らぐ気がした。

それを何の気なしに口にしてみると、アントーニョは一瞬口と目をぽかんと開いたまま硬直して、次の瞬間、ふにゃりと泣きそうに笑う。

何故そんな顔をするのかわからないが、そこに何か切実な喜色が見て取れて、アーサーは不思議に思いながらも、これがギルベルトがここまで面倒な事をしても自分をここに置いておく理由なのかもな…と、考えた。


「ほんま…辛いやんな。すぐ治してやれんで堪忍な。
親分が代わってやれたらええんやけど……」
という言葉は決して社交辞令ではないことがわかる真摯な響きがある。

実際、本当に代われる方法があるとしたら、アントーニョは喜んで今アーサーが感じている苦痛と痛みを肩代わりしてくれるだろう。

背中をさする手がたまに止まって、冷たいタオルで痛みのために浮かんだ汗を拭いてくれるのも心地よい。

誰かに大切にされている…そんな事を感じたのはもう随分と久しぶりで、痛みとは違う理由で涙があふれ出る。

その涙にさえ、流す理由を知らないアントーニョは本当につらそうな様子で、

「可哀想にな。つらいやんな。
でもすぐや。すぐギルちゃんが薬の作り方教わってくるさかい、我慢したってな」
と、頭を優しくなでて慰めてくれるのだ。


アーサーは…というか、この時点では誰も知らないわけであるのだが、結局今の苦痛は胃が荒れたための胃痙攣なので、時間の経過とともに自然に痛みも緩和されてくる。

そうなると、その頭や背中を撫でてくれる温かい手の感触は眠気を誘導し、痛みのためずっと変に力を入れていた疲れで、アーサーもウトウトし始めた。
重くなった瞼を閉じると、なぜか撫でてくれていたアントーニョの手に若干の緊張が走った。

「……?…」
不思議に思って頑張って目をあけて見上げると、緊張したような、泣きそうなような、そんな複雑な表情をしたアントーニョと視線が合う。

そしてアーサーが口を開く前に、アントーニョの方がおそるおそる…と言った風に尋ねてきた。

「…少し身体楽になってきたん?
眠い……だけやんな?少し寝たら、ちゃんと目、覚ますやんな?」

聞かれている意味が今一つわからない。
身体が楽になってきたのは確かで…眠いのも確かだが…。
少し寝たら目を覚ますというのは…そんなに長くは寝ないという事だろうか……。

ああ…でも、眠い。
色々考えるのが億劫になってきたアーサーは、こくりと小さくうなづくと、再度目をつむって眠り始めた。


母親が亡くなって以来、他人がそばにいると眠れなかった。
他人がそばにいるというのは、イコール悪意をぶつけられるということで……
悪意の中で無防備に眠っていられようはずもない。

ところが今、意識が戻った時にまだ温かい手が変わらず髪を撫でてくれていることにホッとした。
大事な大事な壊れ物を扱うようにそっと触れられる感覚が心地いい。

「トーニョ…ずっと……いたのか?」

目を開けてみればもう日が射していた。
ギルベルトが出発したのが夕方だったから、半日ほどたっているはずだ…。

痛みはだいぶ治まっていて、しかしひどく体がだるい。

若干小さなかすれた声で問えば、その声にアントーニョは少しほっとしたように小さく息を吐き出して、

「ああ、気が付いたんやね。
このまま目ぇ覚まさんかったらと思うたら、怖くて目ぇ離されんかってん。
今は少し容態落ち着いとるんかな。顔色も少しよおなってきたし、良かったわ」

と、少し笑みを浮かべると、小さな子供にするように、チュッと額にキスを落とした。

まるで今になって母親を亡くしたあの幼い日に戻って、与えられなかった分の愛情を与えられているような気分である。

ああ…生きているのも少しは悪くはないな……。

あのまま、苦しい思いをしたまま、こんな心地よさも感じることが出来ず死んでしまっていたかもしれない可能性を考えると、さすがの死にたがりも、そんな事を思う。

大事に扱われている…嬉しい……

まだぼ~っとした頭はうまく働いてはくれないが、逆にそのせいでいつもは色々考えて用心して表に出てこない感情が、なんの警戒心もなくスルっと出てきた。

「…お前が……そばにいてくれて…すごくホッとした…。嬉しい」

すごく心がぽかぽかと温かくなって、嬉しくて嬉しくて笑ってしまうと、アントーニョは一瞬ぽかんと呆けたあと、真っ赤になって、次に破顔した。

「そか。アーサーが嬉しいと親分も嬉しいで。
ああ、自分、ほんま可愛えなぁ。親分の一番の宝物や」

そう言うと、アントーニョはさらに何度も可愛え可愛えと繰り返しながら、アーサーの顔中にキスを落とす。

「ああ、ほんま自分さえおってくれれば、親分なんも要らんわ」

いつもいつも要らない者と言われて、実際に自分でも自分は要らない人間、死んでしまった方が良い人間だと思っていたアーサーだったが、そのアントーニョの声は温かくて優しくて、そんな自分でも少しだけ生きていて良かったのかもしれないと思えた。

そのささやかな自信のようなものは、やっぱり少しの事で簡単に崩れ落ちるものではあったのだが……。


Before <<<      >>> Next


0 件のコメント :

コメントを投稿