死にたがりの王子と守りたがりの王様の話3章_6

こうして馬を飛ばして先日戻った道をまた戻っていく。

馬車でゆっくり進めば1日半かかった道のりも、アントーニョが貸してくれた駿馬で飛ばせば数時間だ。

目的は旧フォレストの医術を学んでいた人間を探すこと。
ギルベルトはまずは自分が戦時中、ボランティアで病人、けが人を診ていた村を目指した。

ボランティアとはいっても、もちろんギルベルトにとっては単なる善意の行動ではない。
テソロの国の軍人であるという事を明かした上で現地の人間に善行を施していけば、その土地に精通した味方が増えて、戦いが有利に運ぶ。
剣を振り回すだけでなく、そうやって地道に搦め手を使っていくことも、意外に重要なのだ。


そして…今回の場合は、そのギルベルトのやり方は、いくさ以外のところでも大いに役に立つことになった。

自分の主君がアースロックの軍から助け出した少年が、どうやらフォレストに伝わる薬を分量を誤って飲んでしまったらしく、ひどく苦しんでいるのをなんとか助けたい…。

嘘ではない。
アントーニョ関係の便宜上というのももちろんあるが、ギルベルト個人としてもやはり助けてやりたいという気持ちは本当にある。

元々、ボランティアで医療を施していたということもあり、村人達はすぐ信じてくれた。
自分達の国を滅ぼした悪の国アースロックと戦っていたテソロ王国の人道的な医師の話ということで、即動いてくれる。
そして、案内されたのは、そこから数時間の場所にある隣村だった。

目立たぬ場所にあるわりに、そこはかなり大きな村で、きちんとした医療所もあり、医師もいるらしい。

「ギルベルトせんせいに頂いた医療品も、実はだいぶそちらの村に運ばせて頂いたんです。
勝手にすみません」
と頭を下げる村人に、

「いや、より有効に使える相手の手元に置いた方がいいだろ。問題ねえよ」
と、ギルベルトは応じる。

「なんなら足りない医薬品とかあったら、国に帰ったら届けさせてやるよ。
あっちの村が知られるのまずいなら、お前らの村の方にな」
と、言うと、村人はホッとしつつも喜色を浮かべる。

「ありがとうございます。
実はあちらの村は地元民以外には秘密の場所なんです。
お医者様や色々な職人さん達も多くて、何かあったら困るので…」

「ああ、わかる。いくら今敵対行動を取ってないと言っても、一度国滅ぼされてたら、そんな簡単に他人を信用なんざできねえよな。気にすんな。
つか、そんなところによそ者の俺様を連れてって、お前大丈夫なのか?
医術わかる人間の一人と話をさせてもらって対処の仕方さえ聞ければ、俺様はそれで構わねえんだが」
ギルベルトが少し眉を寄せると、村人はいえいえ、と、首を横に振った。

「ギルベルトせんせいのお話は元々あちらでもさせて頂いてまして…今回の事をお話したら、エリザベータ様がぜひ直にお話してみたいとおっしゃったので」

「エリザベータ様?」
「ええ、元王室付きの薬師の一族のおひとりで、とても薬草の知識に秀でていらっしゃる方です」
という村人の話にギルベルトはホッとする。
これでなんとかアーサーを助けられるだろう。

女性と言うのが意外と言えば意外だが、確かに薬をコトコト煮たりしているのは老婆のイメージもあるよな、と、思い直す。

薬草の知識に秀でている老婆……気が難しそうな感じもするが、本質的には生真面目なギルベルトは幸いにして年寄受けはいい方だ。

今回はアーサーの治療が優先なので早々に対処法を聞いて帰らねばならないが、後日また訪ねてきて、薬草について色々勉強させてもらえないだろうか……。
そんなことを考えつつ歩いていると、あちらの村からの迎えだと言う青年が数人。

普通の村人のような恰好はしているが、皆一様に妙に隙がないところを見ると、おそらく元軍人の家系の人間なのではないだろうか。
他におかしな人間をこっそり連れてきてはいないかという事を確認する村の警護の人間と言ったところなのだろうと、ギルベルトはこっそり思った。

「護衛も来たことだし、剣、預けておいた方がいいんだよな?」
とにかく信用してもらわないことには始まらない。

ギルベルトが鞘ごと剣を外そうとすると、青年達は少し相談するようにお互い顔を見合わせた。
そこでギルベルトはダメ押しをする。

「病人はまだ子どもなんだ。
俺様も弟いるし、他人の気がしねえ。どうしても助けてやりてえんだ。
だから頼む。信用してくれ。
いや、俺様のことは信用しなくてもいいから、助けるための協力だけはして欲しい」
そう言って頭を下げると、その鼻先に銀色の剣の先が突き付けられた。

「何が目的?」
男にしては随分と高い声に顔をあげると、男の成りはしているものの、長い髪を後ろで束ねた女が立っている。

大勢の青年達に囲まれていたので気づかなかったが、彼女だけは女らしい。
まあギルベルト的には今は相手の性別などどうでもいいわけではあるが……。

「何がって、単に薬草の知識を得て、病人を助けたいだけだ。本当にそれだけだけど?」
何か俺様ヘマしたのか?と思いつつ、若干の緊張の中、そう答えると、

「嘘ついてんじゃないわよっ!」
と、剣が一閃。
ハラリとギルベルトの前髪が一房空に散った。

肌には触れず前髪だけ切り落とす…随分と剣技に秀でている者のようだ。

「嘘じゃねえ!」
ギルベルトの言葉に、女は今度はギルベルトの喉元に剣の切っ先をつきつけた。

「相手が本当にフォレストの人間で薬を携帯してるなら、用量についてだってちゃんと理解してるはずよっ。
村を狙ってるか…もしくは本当にその子が用量無視して飲んだんだとしたら……無理やり攫われて自殺未遂か何か?」

(…あ~……うん、自殺未遂は未遂なんだろうけど……)
もうこうなると隠すだけこじれる気がした。

「信じるかどうかわかんねえけど……」
半分やけくそだった。ギルベルトは大きく息を吐き出し

「俺様は単にうちの王様に前戦で特攻させねえために、お守りする相手を確保してえだけなんだよ」
と、肩を落としてしゃがみこんだ。

そして語る。
自分が王の腹心で、守りたがりの王におとなしくしていて欲しいこと。
王が戦場跡でアースロックの兵に簀巻きにされて放置されていた少年を拾って、守る気満々になっていること。
少年はそれまでの境遇が不遇すぎて、色々が信じられなくて、楽に死ぬことが一番の幸せだと思っているらしいこと。
ギルベルトは自分自身も若干情が移っているし、便宜上も王に大人しくしててもらうため、少年に城でただ王に守られて健やかに暮らしていて欲しいこと。

全てを語り終わって顔を上げると、なぜか周りの青年達の嫌そうな表情とは対照的に、女の顔がキラキラと良い笑顔になっている。

「…ってことなんだけどな、なんか聞きてえことあったら、答えるけど?」
状況がよくわからず、ギルベルトがそういうと、返ってきた言葉は…

「アントーニョ王は美形だって噂だけど…ホント?あとその子の方は?顔は?」
「はあ???」


いやいや、何聞かれてるかよくわからないんだけど??
ぽか~んと呆けるギルベルト。

始まったよ…という周りの青年達の溜息。

「まあ…王は面は良い方だと思うけど?王になる前から女達にはキャーキャー言われてたし。アーサーの方は…童顔で美形っつ~より可愛い感じか」

「おっけい!行くわっ!!」
「は?」
「さあっ!いざリアルBLの世界に旅立つわよっ!!!」
「はああ???」

グイッとギルベルトの腕を掴んで立ち上がらせると、元来た道をずりずりと引っ張っていく女。

「いやいや、ちょっと待てっ!
俺様はエリザベータさんとやらに会って対処法を聞かねえとなんだけど…」
慌てて腕を振りほどこうとするギルベルトに腕を振りほどかせることなく、女はニッコリ微笑んだ。

「私がエリザベータよっ。大丈夫っ!私が行くからにはちゃんと二人がラブラブになるまでサポートしてあげるからっ!」

え?え??
俺様の依頼ってそんなことだっけ??

ギルベルトが急展開に目を白黒させている間に、対処法を聞くはずが、なぜかそのまま医師として一緒に王城へ同行すると言うエリザベータ。

「え?でも王室付きの薬師の子孫て…結構偉い奴なんじゃね?まずくねえ?」

他意は…若干あって、でも言葉通りの疑問もあって焦って周りに同意を求めるギルベルトに、青年達は生温かい目を向ける。

「ええ、まあ…他にも薬師様の血筋はいるんで…。
村の若者の…俺達の心の平穏のためにも、エリザ様の幸せのためにも、連れて行ってあげてください」

どういう意味での心の平穏なのかは語らないが、なんとなく…わかりたくはないがわかってきてしまった気もする。
若者達の含みのある笑顔にギルベルトの額にたら~りと一筋の汗。

「その美少年、助けてあげないといけないんでしょっ!」
と、そこでさらにエリザベータ自身に強く言われて思い出す。

ああ、そうだ。まずそれが一番だった。

”というところに若干力が入りすぎている気が思い切りするが、助けてくれるならまあいい。
とにかくアーサーを助けて、アントーニョの保護のもと、健やかに暮らしてもらうことが最重要事項だ。

そんなこんなで死にたがりの王子と、その死にたがりな王子を守りたい守りたがりの王様に、さらにその王子と王様をどうやらくっつけたい特殊な趣味を持った薬剤師まで加わることになったのである。

苦労性の王の側近の周りはさらにカオスになっていく気がしないでもない。









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