死にたがりの王子と守りたがりの王様の話3章_5

それは、そろそろ夕食という時間だった。

「陛下がお呼びですっ!」

予定よりもかなり早い帰城なので、弟のルッツと道中の警護について綿密な打ち合わせをしていたギルベルトは、若干青ざめた顔で息を切らして部屋に飛び込んできたメイドの言葉に、打ち合わせに使用していた地図から目を離した。

「ルッツ、あとは頼む!」
と、その様子から緊急時であると判断し、ギルベルトは即立ち上がると部屋を出て、廊下を闊歩しながら事情を聞く。

走りださないまでも、カツカツと靴音を響かせながらかなり早いペースで歩くギルベルトを小走りで追いながら事情を話すメイドの話を聞くと、

「俺の部屋から診療道具をもってきてくれ」
とだけ命じて、ギルベルトは取るものも取りあえずアーサーの部屋へと急ぐ。


まず落ち着いて診察するために動揺しているであろうアントーニョを引きはがすことから始めないと……。

薬品は一応あるものの、飽くまで戦への随行であったため、怪我の対応中心の物だから、病気ということになると足りないものもあるかもしれない。

そうなると…もしアーサーの意識がしっかりしているようであれば、この地域で摘める薬草の知識はあるようなので、本人に聞くのが正しいか……。
などなど、色々考えつつドアを開ける。


「アーサーの様子はどんな様子だっ?!」
と、部屋に入って急ぎベッドに駆け寄れば、そこにはひどく苦しそうに荒い呼吸を繰り返しているアーサーと、それ以上に血の気を失った苦しそうな表情のアントーニョ。

「アーサー助けたって!!死んでまうっ!!!」

普段なら必ず遅いだのなんだの文句がくるところが、そんな余裕もないのか、この世の終わりのような顔でそう言ってすがりついてくるアントーニョに、ギルベルトも青くなった。

こういう可能性もあったのか……。
今さらながらギルベルトはほぞをかんだ。

確かにアーサーがいればアントーニョは落ち着くかもしれないが、何かあった時にもう暴走を止められない。
下手に死なれでもしたら、衝動的に後でも追いかねない。

(…俺様としたことが、リスクをすっかり見落としてたぜ……)

おそらく自分自身、アントーニョのような激しいものでなくとも、この少年の薄幸な様子に保護欲のようなものを感じて、無意識に遠ざけた方が良いかもしれないと思えるような可能性を考える事を放棄してしまっていたのだろう。

自分自身の判断にあるべき冷静さを欠いていたことを、ギルベルトは後悔したが、もうそれを悔やんでも仕方ない。
今からアーサーを引き離そうなどとしたら、逆に自分が更迭されかねない。
これは…意地でも死なせないようにするしかない。
なんとしても助けるしかない。

「ギルちゃんっ!!聞いとるんっ?!!早うしてやっ!!
アーサー、痛い、苦しい、助けて言うとるんやっ!!早う治したってっ!!!」

ギルベルトが一瞬のうちに色々考え込んでいる間にも、アントーニョはギルベルトの襟首を掴んでブンブン振り回しながら絶叫する。

「ちょ、助けて欲しければ、お前ちょっと離せっ!
様子見れないだろうがっ!!!」
と、その手を掴んで強引に襟首から引きはがすと、ギルベルトはチラリとアーサーに視線を移した。

自分で言うのもなんだが、ギルベルトは空気も読めるし勘も良い方だ。
アーサーのひどく苦しげな中にも何かもの言いたげな様子を一目で見抜いて、少し悩む。
そして…ソッとアントーニョに視線を移した時のアーサーの微妙な表情の変化に確信する。

「トーニョ、とりあえずルッツに出発延期を伝えて、メイドにタオルと湯を用意するよう命じておいてくれ。
その間に容態みとく。お前いるといちいち騒ぐから落ち着いて見れねえし」

普段なら激怒するそんなセリフにも、苦しんでいるアーサーの前では腹が立つという発想すらなくなるらしい。

「すぐ行ってくるわっ!!ちゃんと診といてやっ!!」
と、アントーニョはものすごい速さで部屋を飛び出ていく。

それでもおそらくすぐ戻るだろうし、時間はそんなにない。

「さ、もう俺様にはお前を助けてアントーニョのお守りをさせるって選択しかねえし、何言われても怒らねえからよ。
あいつが戻ってくるまでそんなに時間はねえ。
ちゃっちゃと何やらかしたのか、話しちまえよ」
ギルベルトがそう言うと、アーサーはホッとしたように涙をこぼしながらうなづいた。

「つまり…用量ガン無視して薬飲んだってわけか……」
アーサーの口から状況を聞いて、ギルベルトはそういうと、くしゃりと自分の短い銀色の髪をつかんだ。

辛いのは嫌だから死にたい…
その発想がすでにギルベルトにはわからない。
いや、正確にはこの状況でそう思うのがわからないというのが正しいのか…。

もうはたから見れば、アントーニョは馬鹿みたいにアーサーに夢中だ。
べたべたに甘やかして可愛がって構いまくっている。

アーサーを拾った当初の契約時は、ギルベルトはアントーニョが飽きるまで…と言ったが、これはもう飽きる事はないんじゃないだろうかと思う。

アーサーにとってはアントーニョは生活を保障してくれている相手で、代わりはみつかるかもしれないが、アントーニョにとってアーサーは唯一の生きがいみたいなものに思える。

世界で一番安全で心地よい場所に置いておいて、大切に大切に愛でたい…何を言っても何をしても可愛い…というのが、アントーニョのアーサーに対する率直なところなのだから、辛い思いなど本当にしようがないと思うのだが…。

まあその辺は今度ゆっくり論じてみるとして、とりあえずは今の現状の脱却が先だ。

薬…といえば聞こえはいいが、薬の多くは用量によっては毒薬となりうる。
しかもアーサーが飲んだのはこのあたりの…元フォレストに生えている薬草を使って作ったもので、いくら医術の心得があるギルベルトと言えど、地元民にしか伝わっていない薬の製法や効能まで網羅しているわけではない。

そして…それを作って使ったアーサー自身も、幼い頃に母親に作り方と使い方を教わっただけで、内容を詳しく知っているわけではないという。
もちろん教えた本人はもう亡くなっているわけで……お手上げだ。

とはいってもギルベルトとしてはここで諦めるわけには当然行かない。
アントーニョの心の安定…しいては国の存亡がかかっているのである。
そこでギルベルトは戻ってきたアントーニョに告げた。

「あのな、アーサーはフォレストの人間だし、たぶんアーサーを治すのには、元フォレストで伝わってた薬が必要だ。
だから俺様、これからひとっ走りして、薬を作れる奴探してくっから。
お前はアーサーについててやってくれ。この状態のアーサーを守ってやれるのはお前しかいねえし。
すぐ見つけて戻ってくるから」

まさか本当の事を言うわけにもいかないので、そういうと、アントーニョはあっさり納得した。

「そうやんなっ。親分がしっかり守ってやらんと」
と、思い切り納得した。

自分だったらこんな無茶苦茶な説明では絶対に納得しない。
こいつが深く考えない単純な奴で助かった…と、ギルベルトはいつものように思う。
本気で思う。

(【アーサーを守れるのはお前だけ】…これってマジ、対アントーニョの魔法の言葉だな…)

こんな時なのにしみじみ納得するギルベルトだった。





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