死にたがりの王子と守りたがりの王様の話3章_3

実際…アーサーはかなり保護を必要とする少年だった。

細く華奢な身体は丈夫とは言いがたくて、一晩外に放り出されていたため、少し弱ってしまっていたし、食べる量だって、雀の涙ほどの少なさだ。

覚えていないなりに、何か記憶をなくす前の体験の恐ろしさだけをなんとなく感じるのか、いつもひどく不安げで、眠っていても時折うなされている。

そんな様子だから、なるべく側にいて、抱きしめてやって、慰めてやる。
自らの腕の中でシクシクと声を殺して泣くアーサーが可愛くて仕方ない。

――怖ないよ、親分が守ったるからな。大丈夫やからな。

そういうたび、ここが唯一安全な場所だと言わんばかりに、自分の胸元を一生懸命つかむ自分より一回りも二回りも小さく華奢な手が愛おしい。

そうしておいて、少し落ち着くと、散々泣いた自分が恥ずかしくなるのか、照れくさそうにふいっと顔を背けるのも、そのくせ手だけはしっかりアントーニョのシャツの胸元を掴んだままなのも、可愛くて可愛くて、どうしてくれようかと思う。


拾ってから早1週間、アーサーはアントーニョの宝物になった。

何をしても可愛いアーサー。

一応ここも戦場よりははるかに安全な城なわけだが、建っている場所は国境から1日半と近い。
出来れば絶対に敵の手が届かない王都の城に保護してやりたい。
少しでもアーサーの不安が減るように…。

そんな気持ちから、いつもはギルベルトに任せっぱなしな帰城準備に自ら奔走した。

普段はいくさが終わってから、それぞれ近くの城で半月ほど休んで、帰城準備を整えるわけなのだが、今回は城に落ち着いて5日目、数日後には出発できるようにとはっぱをかけてまわる。

このようすだと二日後くらいには出発できるだろうか…

散々あちこちで苦笑をされながらも、駆けまわった甲斐あって、馬や物資を運ぶ荷馬車の準備のめどがついたが、しかし道々の安全確認が若干手薄になるということなので、万が一の場合は自らも万全の状態で戦えるようにと、城についてからアーサーにつきっきりで怠っていた鍛錬に勤しむことにした。

城の中庭で腕立て、腹筋とこなして、ハルバードを振り回すのは将軍だった頃からの習慣で、いつかは、王自ら兵を鼓舞するために戦場へ…などと勧められる日もくるかと思って、王になった今でも普段はかかすことはない。

しかしそんな事を言ってもらえる事もなく、将軍だった頃と正反対に、むしろ大人しくしていてくれと嘆願されるので、最近は虚しさを覚え始めていた鍛錬も、今回は久々に守るべきものを守るためということで、テンション高く力も入った。

久々に浮かれて食事の時間も忘れてハルバードを振り回していると、メイドの一人が少し焦ったように走ってきて、アーサーが食事を摂らない旨を伝えてくる。

まさか何か容体が?!と、慌ててアーサーの部屋へと駆け出していくと、アントーニョの愛し子は大きなベッドの上で半身を起してぼ~っとしていた。

とりあえず格別に体調が悪くなったとかではなさそうなのに安心しつつも、

「食欲無くても食わんと元気になれへんで?」
と言いながら頭を撫でてやれば、言葉には出さないものの、口よりよほど物を言う大きなグリーンの瞳がかすかに嬉しそうな光を宿す。

機嫌も特に悪いわけでもなさそうなので、

「親分が食べさせたろ。ほら、口開けて、ア~ン」
と、食事を口に運んでやれば、まるで小動物の子供のようにぱくりぱくりと小さな口をあけて素直に食べた。

食事を摂らないというから慌てて来たのだが変わった様子もないのを不思議に思いながらも、とりあえず特に問題なさそうなのにほっとして、食べ終わった食器を片付けようとトレイを片手にアントーニョが立ち上がって扉の方へと向き直ると、クイっと何か抵抗を感じる。

「……?」
そこで振り向くと、小さな手がアントーニョのサッシュをきゅっと掴んでいた。

言葉はない……。
しかし、子猫のように可愛らしい丸い目は、まるで親から引き離される赤ん坊のように心細げに揺れ、徐々に涙が眼の縁にたまって、やがてぽろんと涙の雫がこぼれては落ちた。

あかん…これあかんやつや……。

もうこうなると、アントーニョの中からは溢れ出す愛おしさが止まらなくなる。
可愛くて可愛くて気が狂いそうだ。

「どないしたん?何か怖いん?それとも痛いん?
親分に言ったって?
大丈夫やで?親分この国でいっちゃん強い人間やからな。
なあんも心配せんでええんやで?」
食器も何もかも放り出してベッドに戻ると、その細い体を抱きしめてやる。

そうすると、小さな小さな声で……怖い……と、つぶやいて、堰を切ったように泣き出すアーサーに、

「怖ないよ。親分がずぅ~っと守ったるから、大丈夫やで」
と、声をかけて、いつものようになだめるように背を軽くトントンとたたいてやる。

こんな状態だ。
もしかしたら食事もアントーニョがいないと不安で摂れなかったのか。
そう思うと、もう可愛くて可愛くてたまらなくなって、広い額に、柔らかな頬に何度も口づけを落とした。

今、自分は確かにこの子に守ることを望まれている…。
自分に守られる事を望んでいる存在が確かにここにいるのだ。
そう思えば、愛しさと多幸感で胸がいっぱいになった。

そうしているうちに、泣きつかれたのかアントーニョが傍にいることで安心したのか、その両方か……泣き声は徐々に小さくなり、クタリと体に預けられる重さが増したかと思うと、アーサーはいつのまにか眠ってしまっていた。

アントーニョ的にはそのままでも良かったのだが、半身起こした状態だとアーサーが疲れるだろう。
そう思って、力のなくなった身体をベッドに横たわらせて、ブランケットをかけてやる。

まだ幼さの残るふっくらした頬には涙のあと。
眠っていてもどこか心細げな表情に、少しでも早く少しでも安全な場所に保護して守ってやらねば…という気持ちが改めて沸き起こる。

「なるべく早く安全な王城へ連れてったるからな」
聞こえていないのは承知でアントーニョは小さくそう囁くと、その広い額にチュッともう一度軽くキスを落として、帰城の支度を急がせようと、各所を回るためにアーサーの寝室を後にした。



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