死にたがりの王子と守りたがりの王様の話3章_2

やがて麻酔が切れたのか意識を取り戻し、おずおずと見上げてくるあどけない顔の可愛らしいこと。

半分意識がまだはっきりしていなくて、ぼ~っとアントーニョのシャツを握った自分の手をみつめていたが、やがてハッとしたように放すと、ワタワタと腕の中から抜けだそうとする。

そんな少年に恐怖心を与えないように強くは拘束せず、しかし完全に放すこともせず、アントーニョは少しだけ腕の力を弱めると、少年の意識がない時から繰り返していたようにまた、

「大丈夫やで。怖ないで。親分が守ったる、助けたるから安心し」
と、ゆっくりと片手で細い背中を軽くポンポンと叩いた。

やがて力の差を悟って諦めたのだろう。
ピタリと暴れるのをやめて、少年は青ざめた顔でアントーニョを見上げた。

そこで安心させるように微笑むと、

「親分な、アントーニョ言うて、この国の王様やねん。
せやからここにおる限り、だあれも自分に手出しできひんから、安心し?
怖がらんでええよ」
と、頭を軽くなでてやる。

そんなアントーニョにまだ少し緊張をしつつも、若干警戒を解くように力を抜く少年。

しかしそれに安心して、
「自分名前は?なんであんなとこで縛られとったん?」
と、聞いたところで、少年はかち~んと硬直した。

ひどく困惑したように視線を彷徨わせ、次第に泣きそうな顔になっていく。
せっかく落ち着きかけていた表情にまた不安や怯えた色がちらほら見え始めた頃、それまで黙って立っていたギルベルトが口を開いた。

「もしかして…覚えてねえのか?」
その言葉に今度は少し安堵の色を浮かべて少年はギルベルトを振り向く。

面白くない…実に面白くない。
ギルベルトはそんなアントーニョの様子にも気づいて苦笑した。
それから少し考えこむように目を閉じると、またぱちりと目を開く。

「どこまで覚えてるんだ?名前は?」
と、飽くまで淡々と無表情に聞くギルベルトが少し怖かったのか、少年はぎゅっと再度アントーニョのシャツをつかんだ。

――ああ…可愛え。そうやんな、ギルちゃん人相悪いし愛想もないし、怖いやんな。
などと働き者の側近に対して失礼な事を思いながら、

「怖がらんでもええよ。親分の事はトーニョって呼んだってな。
自分の事はなんて呼んだったらええ?」
と、柔らかい金色の髪をまたゆっくり撫でながら笑いかけてやると、少年は少しためらうように口をもぞもぞと動かしたあと、小さな小さな声で

「……アーサー……」
と答えた。

初めて少年から返ってきた答え。
まだ声変わり前なのか、微妙に高い可愛らしい声。
それもまた、アントーニョの守ってやりたい親分魂を刺激したのだった。

結局少年はそれ以外の事は全く覚えていないとのことだった。

ギルベルトいわく、許容を超えたレベルで恐ろしいことや悲しいことを体験すると、自分自身の精神を守ろうとする無意識の防衛本能が働いて、記憶が抜け落ちてしまう事は、ままあることだから、アーサーもそうなのだろうということだったが、アントーニョにとっては、

――少年はアーサー、自分が守ってやるべき相手――
と、それ以外の情報なんてどうでもいいことだった。

これからは王城の奥深くで守ってやるのだ。
思い出すのがつらい記憶など無くても全く困らない。
むしろこの子を苦しめる記憶なんてずっと戻らなければいいのだ。

「大丈夫やで?なんも覚えてなくても親分が守ったるからな。
全部任せとき」
そう言った瞬間、大きく澄んだ丸い瞳からポロリと涙がこぼれ落ちた様子に、アントーニョの気持ちは高揚していった。

ああ…他の人間が皆、守れる自分など要らないと言っても、この子だけは自分に守られる事を必要としてくれている…。
この子はアントーニョがアントーニョでいる為に確かに必要な存在だ。

こうして守りたがりの王様は、ようやく守れる存在を手に入れて心の平安を得たのだった。





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