死にたがりの王子と守りたがりの王様の話3章_1

――トマト、トマト、うるせえっ!てめえの頭をトマトみたいに赤く染め上げてやろうかっ?!!

なんて事を国王陛下に言えるはずもなく、居座る王を前に有能なシェフはお玉を握る手を震わせて耐える。


どうやら帰城準備の邪魔だとの判断の元、国王が宰相ギルベルト・ヴァイルシュミット閣下に体よくこちらに回されてきたらしい。

宰相の苦労ももちろん察するにあまりあるところではあるが、何もここに回さなくても…と、シェフは痛む胃を押さえながら思う。

「やっぱり体調悪い時にはトマトやで?トマト使うてやってや」
と、もう半ば出来上がりかけている料理を前にムチャぶりをしてくる国王。

これが国王本人の食事なら、あと一品何かトマト料理を追加すればいいだけだが、王が悪人から救出してきたと言って意気揚々と連れてきた可愛らしい少年は、驚くほど食が細い。

少量で栄養のあるものを…と、これでも毎回悩みに悩んで作っているのだ。
料理を一品追加なんかしても食べられるわけもない。

と、まあその辺りは調理人の意地で、王に告げるシェフ。
それに対して次回はトマトいれたってな、と、渋々納得する王。

腕が良くて、自分の仕事に誇りを持っていて、言うべき事はたとえ相手が国王であってもちゃんと言う、そんなこのシェフをアントーニョはことのほか気に入っていて、自分が戦地へ行く時は、いつも近場の城までは彼を同行させていた。

今回同行させたのもそんな習慣に過ぎなかったが、今回ほど同行させて良かったと思ったことはない。
戦地で思いがけず拾った宝物には、信頼できる者以外は関わらせたくはないからだ。

出会った瞬間、すでに恐怖が限界だったらしい少年は、ずいぶんと恐ろしい…あるいは悲しい目にあったらしい。

国境沿いの城に保護して、そろそろ目を覚ますかもと言われて寝室へ足を運んでみれば、小さな身体にはずいぶんと大きく感じるベッドの上、ひどくうなされている少年の姿。

クルンとカーブを描いた長い金色のまつげには水晶のような涙がたまっては少し青ざめた頬を伝って落ちている。
そんな少年の様子はアントーニョの庇護欲をひどく刺激した。


可哀想に、可哀想に、もう怖ないで…。

半身を起こさせて抱きしめて、ポンポンと背を軽く叩きながら言ってやれば、無意識にか、アントーニョのシャツの胸元を小さな手がぎゅっと握りしめる。
その手の小ささと弱々しさに、アントーニョの胸から熱いものがこみあげてきた。

ああ、可愛え…、この子を守ったれるんは、俺だけや。

思い返せば幼い頃から武術には長けていたため、他よりも随分早くから戦場へと足を運んでいた。
初陣は王族でも最年少の10歳で、初めて小さいながらも部隊を任されたのはそれから2年後の12歳の時である。

戦場では少年期は神童と讃えられ、青年期に入ってからは常勝将軍と呼ばれて敬われた。
自分が王を、民を、国を守っているという自負もあったし、国民からはテソロの守り神とまで言われていたのである。

それが、王になったから急に、動くな、城で守られていろ、それが仕事だと言われると、まるでこれまでの自分自身を全て否定されたような気分になった。

そもそもがテソロ王国は完全な世襲制ではなく、王が亡くなると、王の直系親族及び兄弟、甥までの中から、厳正なる国民投票で次代の王が選ばれる。

アントーニョが選ばれたのは、そんな守り神、常勝将軍としての名声ゆえだったはずだ。
だから、それを否定するのはおかしい。

城でジッとしているだけなら自分じゃなくてもいいじゃないか、何度もそう訴えた。
それでも周りの意見は変わらなかったし、国民に選ばれたからには王を降りるという選択肢も許されない。

もう誰もアントーニョが守り神である事を望まない。


王になったからといって守りたい気持ちがなくなるわけでもない、強くなるばかりであるのに、湧き出るものを発散することも出来ず、息がつまりそうだった。

そんな中で、自分に一生懸命すがってくるこの手は、唯一そんな元々の自分、王として枷にはめられる前のアントーニョを認めてくれているような気がした。

なんて愛おしく、なんて慕わしい存在だろうか…。



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