――ああ…死にたい……
そんな事を思いつつ、泣きつかれて眠ってしまっていたらしい。
気がついたら日が落ちて、部屋は濃紺の色合いを帯びていた。
その中でオレンジ色のランプが、まるであの太陽のような王のように、温かな光を放っている。
食事に起こされなかったということは、それほど遅い時間でもないのだろう。
それでも取れないいがらっぽさに、アーサーは胸元にかけてあるお守り袋から、錠剤を取り出した。
喉に良い薬草を乾かして固めたそれは、母親直伝のトローチで、大抵の喉の痛みや不快感を取り去ってくれる。
死にたい…そう思う身でも、身体の不快感を受け入れたいかと言うと、それは別物なのだ。
こうしてこっそり隠し持っている薬の数々が、戦場でも身を守る武器さえ与えられないアーサーの唯一の武器である。
…といっても、正妻の王子達があげている戦功のほとんどがアーサーによるものだと知られないように、他人に会うのも、外に出るのも必要最低限に制限されていたので、最近はあまり薬を補充できていない。
今回の戦で対応できなかったのも、それによる毒薬不足が原因だった。
今まだ残っているものといえば、普段は使わないトローチと、風邪薬くらいなものだ。
(これじゃあ…敵なんて倒せるわけないよな…)
と、袋の中からそれも残り少なくなったそれらの薬をコロンと手のひらに出してみると、それらの作り方を教えてくれた時の母の優しい声が脳裏に浮かぶ。
――お薬と毒薬はね、紙一重なのよ。容量をきちんと守らないとお薬も毒になるから気をつけるのよ?
思えばアーサーと同じ色の瞳を持つ母は優しかったが、楽しそうに笑っている姿を見たことがない。
いつも寂しそうに笑うか泣いていて、ただ、病の床で少し困ったようにアーサーに――ごめんね――と言いつつ、死ぬ瞬間に初めて幸せそうな笑顔を見せていた気がする。
親兄弟を殺し祖国を滅ぼした相手に侍らされた母もいつも”死にたい…”と思っていたのだろうか…。
今にして思えば、母も後宮から出ることを許されていなかったから、毒薬…と言えるものを作れる草を詰みに行くことは出来ず、草の知識はずいぶんと絵が上手かった母が描いてくれた絵で覚えたものだ。
もし母が後宮から外に出ることが許されていたならば…毒薬を作れる環境にあったなら…あるいは自分はこの世に生まれず、この辛い人生も送ることはなかったのかもしれないな…と、アーサーはぼんやり考えた。
ああ、でも思い出話の中では野山を駆けまわり、木に登って果物を取ったりしていたらしい母が、アーサーの記憶の中ではいつも寝込んでいたのは、あるいは、手に入る薬を多用して、簡易毒薬にして、自らの人生を少しでも短いものにしていたのかもしれない…。
手の上で錠剤をコロコロ転がしながらそんな事を思った瞬間、アーサーは気づいた。
残りトローチ3錠と風邪薬4錠。
これを全部飲めば、うまくすれば毒になるんじゃないだろうか…
どちらにしても自作の薬など持っているのがバレた日には、あまり楽しいことにならない気がするし、証拠隠滅にもなって一石二鳥だ。
そう思った瞬間に、手は水差しに伸びていた。
今なら間に合う。
まだ幸せは終わっていない。
だから早く死ななければ……。
数十分のちには、薬の容量を守らず効力のわからない使い方をしたことを思い切り後悔することになるのだが、この時のアーサーは死ねる可能性しか脳内になかった。
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