こうして馬車を飛ばして国境沿いの城まで1日半。
王都まではここからさらに数日だが、とりあえずはこの城で休むことにした。
城についてまずすることは、アントーニョの引き離しだ。
とりあえず、ボロが出ないよう、少年に言い聞かせなければならない。
そこでギルベルトはアントーニョに”お願い”をする。
もしかして、一時的に置き去りにしたものの、状況立てなおして追手かけてきたりするかもしんねえし。
まあ…お前がいれば大抵の奴は返り討ちに出来るとは思うけど、追手とかいねえってわかったら、本人安心すっだろ?」
「あ~そうやな。怖い思いさせたら可哀想やしな。
任せときッ!
でも目覚ましそうになったら教えてな」
「ああ、すぐ知らせる」
そんなやりとりをして、部屋から出て行くアントーニョを見送ってギルベルトはホッと一息付く。
ああ、あいつが単純なやつで本当に助かった。
ついでに…我が弟ながら真面目すぎて報告となると詳細まできちんと報告をせずには気がすまず、異様に時間が長くなるルッツもこの時ばかりは大活躍だ。
せいぜい時間を稼いでくれと思う。
(さあ、ちゃっちゃと済ませねえとな)
それでも時間は有限だ。
アントーニョが戻ってくるまでに交渉をきっちり済ませなければならない。
ギルベルトはベッドの中でスヤスヤと眠っている少年を振り返った。
本当に…真っ白な肌、小さく整った鼻に、可愛らしいピンクの唇…まつ毛が長くて、少し太めの眉がなければ少女といったほうがしっくりとくるような可愛らしい少年だ。
(これに脅しかけるって…俺様、まんま悪役だよなぁ…)
などと思わないでもないが、背に腹は変えられない。
王国の存亡と自分の胃壁の安定がかかっている。
「おい、そろそろ起きねえか?」
ゆさゆさと軽くブランケットの上から肩を揺すってみれば、そろそろ麻酔が切れる時間だったこともあって、パチリといっそ感動するくらいくっきりとまぶたが開き、まぶたの下からアントーニョから聞いた通りの黄色がかった淡いグリーンの瞳が現れる。
ぱちぱちとまばたき2回。
それからガバっとすごい勢いで半身飛び起きたが、しかし次の瞬間グラリと体制を崩して倒れかかる。
ギルベルトは慌てて駆け寄ってそれを支えた。
が、その接触がまた怯えを助長させたらしい。
びくぅ!!と身をすくませて、半身起こした状態で器用に飛び退き、細い両手を身体に回してフルフル震えながら、限界まで見開いた丸い大きな目でギルベルトを見上げる。
まるで野生の草食獣を相手にしているようだ。
「あ~、別に取って食ったりはしねえから。危害を加える気はねえよ。
とりあえず話をさせてくれ」
少年が自分で自分の身を支えられるのを確認すると、ギルベルトはソッと自らの手を離し、ゆっくりと一歩下がって、軽く両手を上げてみせる。
少年はその様子を怯えながらも用心深く伺っている。
さて、この状態でどこまで話を聞いてもらえるのだろうか……。
「結論から言うと…だ、俺様はお前さんを雇いてえ」
混乱している相手にごちゃごちゃと言っても頭に入らないだろう。
ギルベルトはまず短く結論を告げた。
それは怯えている少年の耳にもきちんと届いてくれたようだ。
やはり恐る恐ると言った風に見上げながらも、少年は一瞬逡巡し、それからおずおずと口を開いた。
「どういう…ことだ?お前は俺が誰だか知ってるのか?」
アントーニョの話だと見つけた瞬間殺せと叫んだらしいから、やけになってて話にならないかと思ったが、一応話を聞く気はあるらしい事にホッとする。
とりあえず…警戒している相手に話を聞き出すより、こちらが先に話して相手に判断を委ねた方が早い。
そんな判断から、ギルベルトはまず自分の側の状況を説明することにした。
「俺はギルベルト。テソロ王国のアントーニョ王の幼なじみで側近だ。
まあここでは権力者だと思ってくれて良い。
で、そんな俺様の今の悩みは…だ、元将軍で現国王な幼なじみがな、城で大人しく守られててくれねえことなんだな。
元軍人ってこともあってだ、国の平和は自分が守るなんつって、王のくせに最前線で特攻しやがるし、戦場で一人でウロウロ敗残兵なんか追ってみたりして、まあ、その時にたまたま拾ったのがお前さんてわけだ。
みたところその目って亡フォレスト国の王族とか貴族の血筋だろ?
で、うちの王様はお前さんを拾った瞬間、フォレストを滅ぼした悪のアースロック国からお前さんを守る気満々になってくれちまったんだな、これが。
だからお前さんが城にいて、うちの王に大人しく守られててくれれば王も楽しく城にいてくれるし、俺らは最前線を一人で突っ走る王を心配せずにすむってわけだ。
ってことで…城で大人しく暮らしてれば良いだけの簡単な仕事だ。
王が他に守りたい奴が出来たりしてお前さんに興味をなくす日が来たら、一生遊んで暮らせるくらいの金貨持たせて開放してやる。
どうだ?悪い話じゃねえだろ?」
実際本当に遊んで暮らしているだけでいいのだ。
死んでも良いくらいに世の中に絶望してるくらい不幸なら、破格の条件じゃないか…と、ギルベルトは思ったわけだが、大人しくギルベルトの話を聞いていた少年は、ただただ俯いてため息を付いた。
「なんだ?何か不満か?それとも何か他に条件をつけたいのか?」
このどこか薄幸そうな雰囲気は希少だし、さぞや長い期間守りたがりのアントーニョの庇護欲を刺激してくれるだろうとギルベルトは思う。
もう多少の条件なら飲んでも良いと思って聞くと、少年は小さく首を横に振った。
その様子が悲しげで儚げで、感情で流されるタイプではないギルベルトでも少し心を揺らされる。
「……無理だ……。俺は別に誰に対して敵意を持ってるわけでもないし、危害を与えたいわけでもない…。だから出来れば楽に殺して欲しい……。」
そう言って大きな瞳からポロリと涙がこぼれ落ちては頬を伝う様子は、ひどく哀れを誘った。
アントーニョでなくとも憐憫の情を抱かせられる。
「あの…な、別に特別な事しねえでもいいんだぞ?
死ぬくらいなら、王は少しうっとおしいかもしれねえが、まあ普通に城で暮らしてみるくらい悪くなくないか?」
交渉決裂なら脅そうと思っていた事などすっかりふっとんで、ギルベルトは説得にかかったが、少年はフルフルと力なく首を振って、うなだれた。
そして少し迷うように沈黙したあと、ぽつりとこぼされた言葉は思いがけないものだった。
「俺は…その悪の王国の王族だから………」
0 件のコメント :
コメントを投稿