死にたがりの王子と守りたがりの王様の話1章_2

「お、おまッ!どこ行ってたよッ?!
馬鹿かッ?!ここがどこなのかわかってんのかっ?!!」

兵士の半分を捜索に出して数時間。
ふらりと自陣営へと戻ってきた王の姿に、ギルベルトは安堵と怒りで頭が真っ白になった。

元々王はフットワークが軽すぎる。
自ら最前線になんか来る事自体、おかしいと思う。

その上、一応勝利を収めたとはいえ、まだあちらこちらに敗残兵がいるであろう戦地を一人でふらつくなど、ありえない。

何かの拍子に殺されたり捕らわれたりすれば、戦況などあっという間にひっくり返る。
…というか、国が終わる。


幼なじみで比較的王の突飛な行動についていきやすい…そんな理由のために本来軍人一家であるギルベルトは、軍人としての訓練を積む傍らで、医師と名乗っても差し支えないレベルまで医術の勉強までしたのだ。

そんな自分の苦労を、この脳天気な王は全くわかっていないと思う。


「お前が殺されたりしたら全部終わりなんだぞッ!わかってんのかっ?!」
と詰め寄る側近の怒りも全く気にすること無く、王、アントーニョは、

「そんなことよりなぁ、親分ええもん拾ってもうた~」
と、へら~っとした笑みを浮かべる。

国の存亡を”そんなこと”で片付けられたら、今必死に寝ずに王を探している兵士たちが気の毒すぎる。

思わずもう一度抗議の声をあげようとして、ギルベルトはふと王の手の中の布の塊に気づいた。


先王である叔父が亡くなって、その跡を継いで1年。
アントーニョはひどくうんざりしていた。

元々は将軍として戦地を飛び回り、輝かしい功績をあげること多数。
自らを親分と称し、上に立って兵を率いる事は嫌いじゃない。
将軍から王になるというのは、単純に子分が増えるものだという認識だった。

それが根本的に間違っていた事を知るのは、王になってすぐ。

まず自ら戦場に行こうとすると止められる。
最前線で切り込んで行くなどもってのほかだ。

何かを守るよりは、安全な所で大事に大事にお守りされていろというのが周りの意見で、それが一番アントーニョをうんざりさせていた。

女子供やジジイじゃあるまいし。
親分強いんやで?みんなを守るために頑張ってきたんやで?
声を大にしても受け入れられない。
仕方なしに命令という形の実力行使に出る。

そうして戦場に来ても、敵の前に出ようとすると止められる。
それをおして特攻して敵を薙ぎ払っても、将軍時代と一転、いい顔をされるどころか、心底困った顔で、後ろで守られていてくれと言われる。

うんざりだ。
そんなやりきれない気持ちから、あえて嫌がられる行動を取ってみた。

一応戦局が決まってからだが、こっそり自陣営を抜けだして一人で散歩。
たまに敗残兵に出くわすが、そんなものは一刀両断で切って捨てられるのだ。
だてに無敗将軍と言われていたわけじゃない。

何名かの敗残兵と、血の匂いに寄ってきた獣を切って捨て、側近のギルベルトの血管が切れる前にそろそろ自陣に戻ろうかとハルバードを担ぎ直した時、少し離れた草むらから何かいきものの気配がした。

通常の人間にしては気配の位置が低く、殺気はない。
動物なら小動物、人間なら怪我でも負って地面に倒れているといったところか。

小動物なら逃げるだろうが、もし怪我を負った敵兵なら、こんな状態で獣に食われるのを待つくらいなら、トドメを刺して楽に死なせてやるのが、戦場に生きるものの情けというものだ。
そんな気持ちで、アントーニョは気配の方へと足を向けた。

少し近づくと、相手の方もアントーニョに気づいたのだろう。
息を飲むような警戒するような気配はするが、逃げる様子はない。
やはり手負いの敵兵なのだろう。

一応攻撃が来ることも想定してゆっくりと歩を進め、ガサリと最後の草を踏み分けると、そこには想像もしていなかったものが転がっていた。

真っ白な子ども…それが第一印象だった。
年は12,3くらいだろうか…。

戦場だというのに武装もせずに、そこそこ上等の淡いグリーンのチュニック1枚。
落ち着いた色の金色の髪に、淡い緑だが月明かりの加減によっては黄色っぽい色が浮かんで見える、まさにペリドットのような色合いの丸く澄んだ大きな目。
まつげは驚くほど長く、肌は新雪のように真っ白で、頬と唇はこれまた可愛らしい色合いの淡いピンク色だ。

どう考えてもこんな戦場に不似合いなその少年に、アントーニョは一瞬混乱した。

そんな風にアントーニョが硬直している間にも、少年の方は色々考え、限界に至ったのだろう。
恐怖にか寒さにか、カチカチと歯を鳴らしていた小さな唇から出た言葉は

「もう嫌だッ!殺せよ!」
だった。

殺す?なんで?親分悪者ちゃうよ?

いかにもお育ちの良さそうな可愛らしい子どもに害を与えるような人間に見えるのだろうか?と、少しショックを受けながらも、とりあえず震えているその身体を寒さから守ってやろうと、アントーニョがマントを脱ぐためにいったん背負ったハルバードを地面におろした瞬間に、少年はガックリと気を失った。

それでもアントーニョ自身の行動は変わらない。
まずきつく縛られて痛そうな手と足の縄を解いてやり、小さな身体をマントで包む。
それから再びハルバードを背負って、少年の身体を横抱きに抱き上げた。
もちろん向かう先は、考えることが得意な今は側近となった幼なじみの待つ自陣営だった。



「…というわけやねん。ギルちゃん、どういう事やと思う?」

マントの中から少年を出して、自分用の簡易ベッドに寝かせてやって、事情を説明すると、賢いだけでなく博識な側近ギルベルトは、少し考え込んだ。

「まず…身元はあれだ、このあたりにあったフォレストって国の人間だな」

「あった…って過去形なん?」
「ああ、結構前に今戦ってるアースロックの国に滅ぼされてる。
お前が言ってたペリドットみてえな色合いの目って、他では見ねえけど、フォレストの貴族や王族にはよくいたらしいぜ?だから間違いねえ」

「ようは…亡国の貴族か王族言う事やんな?なんでこんなとこにおるん?」
「ん~~。正確にはこいつが生まれた頃にはもう亡国だっただろうから、貴族か王族の子孫てとこだな。
武装もしてねえで縛られてたってことは…隠れ住んでいたところを、アースロックの兵にみつかって捕まって拉致られようとしてたんじゃねえか?
それが戦闘に負けて連れて逃げられなくなって放り出したとか?」

「なんや、それっ!!」
なんてひどい、と、思いつつも、アントーニョのこころの中で何か高揚するものがある。

悪人に拐われかけていた亡国の貴人の子孫。
ずいぶん怯えていたところをみると、ひどい目にあったのだろう。
おそらく…家人などいてももう殺されているだろうし、寄る辺のない身のはずで、この可愛らしい少年が頼れるのも、この子を守ってやれるのも自分だけだ。

「…親分が守ってやらんとあかんよな?」
キラキラとした目でアントーニョがそう言った瞬間、ギルベルトの頭の中では計算機が発動している。

実際のところ目の色からしてフォレストの人間だということは間違いないとしても、その後の境遇については単なる自分の憶測だ。
だが、この少年を守るという名目があれば、アントーニョは城に大人しくしていてくれるだろう。

万が一少年に敵の息がかかっていたとしても、王に最前線で一人でふらふらされる危険に比べたらなんだというのだ。
城にいればこんな子どもの制御くらいどうとでもなる。

最前線にいる間に一人城に残した少年に悪漢の手が伸びないとも限らない…だから、少年のいる城を離れないほうがいい…ああ、その設定使えるな。

よしっ!それ行ってみよう!!


「もしかしたら…逃げ延びた王族とかで、危機感を感じたアースロックの方が必死に捉えようとしてるのかもしれねえし、これだけ可愛い顔してんだ、側に侍らせたくて生きたまま連れて来いとかいう命令が出てる可能性もあるな。
早々に手が伸ばせない所に保護しねえと、やばい気がすんだが……」

ひどく真面目な顔でそう言ってみせれば、アントーニョの顔はさらにキラキラと良い笑顔になっていく。

「まあお前は敗残兵狩りまで残ってやるって言ってたし、ちと道中心許ねえが、部下に城まで送らせるか…」

と、考えこむように腕組みをしてそう言うと、案の定アントーニョは

「ギルちゃん、アホちゃうっ?!
暇なんやったらとにかく、なんで俺がそんな事までせなあかんねんっ!!
親分以外に誰がこの子完璧に守ってやれると思っとるん?!
即帰る支度させてやっ」
と、当たり前に言い放つ。

ああ…腹たつ…むちゃくちゃ腹たつけど、こいつが単純で助かった。
内心の怒りを根性で押し込めて、ギルベルトはヒクリと引きつった笑みを浮かべる。

今全てに優先すべきは、この守られるのを潔しとしない、守りたくて仕方のない元将軍にして現国王陛下に速やかに城に戻ってもらうことだ。

これ以上しゃべらせて俺様の胃に穴があく前に……


内心ため息をつきながら、ギルベルトは王が戻った事を伝える狼煙をあげると、陣営に残っている兵の半数に、王に随行して帰城する準備を命じることにした。



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