死にたがりの王子と守りたがりの王様の話1章_1

夜もとっぷり更けた頃、本来なら恐ろしいはずの敵将に見つけられたアーサーは心底ホッとした。

捕まるとか殺されるとか、そんなことはもう大したことではないように思った。
何しろここに縛られて転がされたのが夕方頃。
きつく縛られた手が痛いだの、草がチクチクするだのと気にしてられたのは、日が完全に落ちるまでで、暗くなって狼の鳴き声が聞こえて来たあたりで、本格的に恐怖を感じた。


どういう理由であれ戦場に駆りだされた時点で運が悪ければ死ぬのは仕方ない。
しかし、生きながら獣に貪り食われると言うのはあまりに恐ろしい。

風が葉を揺らす音にすら怯えながら過ごす事数時間。
緊張はもう限界だった。

ガサリと雑草を踏む音が近づいてきた時点で、寒さとは別の意味で背筋が凍りついて歯がガチガチとなった。

徐々に近づいてくる草音。
そしてしばらく後に月明かりの下、目に入ってきたのが人間だった事に安堵した。


その背には大ぶりの…血に染まったハルバードが見える。

普通なら武器を持った敵ということで感じたであろう恐怖は、長らく感じていた生きたまま食われるという恐怖の前に消え去っていて、むしろそのずいぶんと切れ味の良さそうな武器を見て、これは楽に死ねそうだ…と、ヒステリックな安心感が全身を包んだ。


そもそもここで獣に食われたり敵に殺されなかったとして、ではアーサーの人生が快適なものだったかといえば、決してそうではない。

先王の子ども…そう聞けばずいぶんと楽しい人生を送れているように思われるかと思うが、アーサーの場合はかなり違った。

たくさんの側室を持った先王にはその妻達に比例して大勢の子どもがいる。
そうなれば、力を持たない側室の子どもよりは、まだ普通の貴族の子息の方が生きやすい。

アーサーの母親は先王に滅ぼされた数ある小国の1つの王女にすぎない。
力を重んじる父王の国と違って、争う事なく静かに森に住み、そんな風だから体格とて宜しくない。
さらに悪い事にアーサーは男児として生まれたのに頑健な父王に似ず、そんな母親の側の国の血を色濃く継いでいたので、出身だけでなく、本人自身も軽んじられた。

国を亡くした母親から受け継げたのは、ただ、天気の読み方や薬草の知識など、自然と共存していた彼女の国の生きる知恵だけで、戦い奪い、領土を広げる事に腐心する父王の歓心を得る事が出来るものでは、到底なかった。

そんな中で、慣れない他国での生活で丈夫ではなかった母が亡くなり、王の血を引くものを早々外にも出せないため、幼いアーサーは後宮に住む正室に引き取られる事になる。

そこにはすでに正室の血を引く王子が二人。
その二人に仕える召使のようにひっそり暮らすこと6年。

小さな転機が訪れた。
王子達がそこそこの年になって戦いに参加するにあたって、やはり召使として随行することになったのだ。

そこでは、限りなく下とはいってもそこは王位継承者の一人ということで戦場で愚かな事を考えないように武器も防具も与えられず、王宮と同様二人の身の回りの世話をするはずが、思いがけないトラブルで二人の王子共々窮地に立たされた。

身を守る物も持たない子どもの身では、真っ先に死ぬ。
必死だった。

自分の持っている唯一の知識、天気と薬草。
それには毒薬も含まれるため、小さな身体を最大限利用して、風を読み、隠れて毒で応戦する。
それは武器を握って戦う事しか知らない兵士達にはおもいがけないほどの効果が得られた。

窮地のはずがありえない圧勝。
しかし少数で敵を殲滅、窮地を脱出した時には、それは当然のように二人の王子の手柄になっていた。
そしてそれ以来、以前にも増して身を隠すことを強要されながら、王子達の戦闘には随行させられるようになったのだ。

そもそもあれが間違いだったのだと思う。
あの時大人しく殺されていれば、ずいぶん楽だったのではないだろうか。

アーサーがなんとかするものと当たり前に思って功を焦り無茶をする王子達に振り回される事1年。

とうとうどうにもならない局面を迎えた時、王子達の怒りは無謀な計画をたてた自分達ではなく、その無理を通せなかったアーサーに向かった。

「この役立たずがっ!俺らが逃げるまでなんとしても時間を稼げよっ!!」
と、言いおいて、ご丁寧に逃げられないように手足を縛って、その場に捨て置かれて、今に至る。

そして獣に食い殺される恐怖に震えること数時間、どうやら切れ味の良さそうな武器を抱えた敵を前にして思った、これはチャンスだ。

ここであの初陣の時と同様に何かの拍子で生き延びたとしても、その後はきっともっとひどい事態が待っているに違いない。

楽に死ねる時が死に時だ。



「もう嫌だッ!殺せよ!」

震えの止まらぬ唇でなんとかそう言うアーサーを、目の前の男は驚いたように見下ろし、そして武器を背負った背中に手を伸ばした。

ああ…これで全てが終わる……。
それは久々に感じた安堵と平穏だった。

疲労と恐怖で張り詰めていた気がフッと抜けた瞬間、プツリとアーサーの意識は暗闇の中に落ちていった。



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