あずま男の源氏物語@私本源氏物語_七の巻_2

よっしゃあ!!捕ったど~~!!!!!

バスリ!!と突き刺した銛の刃先には見事な鯛。
それをかかげながら、アントーニョはバシャバシャと波間から陸地へと戻る。


「おお~!大物じゃないっすかっ!大将才能あるっすよ」
と、それをパチパチと拍手で迎えるのは少し癖のある黒髪を左右で2つに結んだよく日に焼けた少女。

「そうやろっ?!ま、ここまで来たったから言うのもあるけどな」

「ありますね~。このあたりは人があまり来ないし、魚天国っすから」
まるで兄妹のように双方真っ黒に焼けた顔で白い歯を見せて笑う。

「これでアーサーが来ても美味いモン食わせたれるわ」
鼻歌交じりに魚を小舟に積み込むアントーニョ。

「白いお姫さんっすよね。ここらは皆あたしや大将みたいに黒いから、楽しみっす」
「おん。めっちゃ綺麗で可愛えで~。俺の漁の師匠のセーちゃんはぜひ紹介せな」


セーシェル。地元の網元の孫娘である。

アントーニョが初めてここに来た日、持ってきてくれたとれたての魚が彼女自身の手でとられたものだと聞いて、アントーニョが漁の手ほどきを頼んだのだ。

最初は銛の握り方どころか泳ぐことすら出来ない皇子だったのが、いまでは銛を抱えて海深く潜って銛で突いて魚をとる事までできるようになったのは、アントーニョ生来の運動神経、反射神経の良さもあるが、この物おじしない少女の率直な物言いによる指導のおかげである。


須磨に来てからは毎日毎日海に潜る日々。
今日みたいに時には小舟で遠出する日もある。
京に残したアーサーが気になって仕方ない時などは特に、無心で海に潜った。

結局自分は父親の庇護の元でしか大切な相手を守る事すら出来ない小さな存在だ。
それを今回は思い知らされた。

自分のために動いてくれているであろう幼なじみ達。
その善意、好意にすがるしかない。自分では何も出来ないのがひどくもどかしい。

今の自分に何が出来るのか…何も出来ないように思われるが、そう思って何もしないのも嫌だ。
その結果、海に潜り始めたのだ。


「あの子山育ちやからな。美味い魚食べさせたらな」
もうすぐ会える…そんな浮かれた気分で顔を上げたアントーニョは、そこにありえない光景を見た。

「…アー…サー…??」
「へ?」

バシャバシャと波打ち際まで走って行くと、向こうもこちらを見つけたのか、いきなり立ち上がって手を振った。
そして…焦った顔のフランシス。

「あっちゃあ…」
と隣でセーシェルがかけ出した。

「私ボート確保してきますんで、人間の方よろしくっ!」
「おん、頼むわっ!」
と、アントーニョは波間に飛び込んだ。

目指すは白い袿…。
さすがの野生児も山育ちなので泳げはしないらしい。

珍しく焦った顔でバシャバシャやっているのが可愛くて思わず笑うと、アーサーは必死な様子で
「笑うなっ!助けろっ!」
と涙目で睨んで来た。

「おん。水吸うて重くなるし袿捨てよ。上着ならあとで俺の貸したるから」
と立泳ぎをしながらアーサを抱き寄せ、上着を脱がせて海に流す。

そうしておいて、アーサーに後ろからおぶうように自分に捕まるように指示し、陸に向かって泳ぎだした。

そして足がつくところまで来ると、アーサーを抱えて陸地まで歩く。
完全に水が足につかなくなるところまで硬直しているあたりが、まるで水に落ちた子猫みたいだと、可愛らしく思った。


「アーサー、よお来たな。疲れたやろ」
風邪をひかせては…と、すっかり濡れてしまった着物を脱がせて自分の上着でくるむと、アントーニョは濡れた服を絞って身体を拭いた。

「お前…すっかり野生化したな」
と、何故かそんなアントーニョから視線をそらすようにそっぽを向いて答えるアーサーに、アントーニョは首をかしげた。

「どないしたん?」
と声をかけながら肩に手をかけると、ビクっ!と肩が飛び跳ねる。

「な、なんでもないっ!ジロジロ見んなっ!!」
と慌てて言って振り向く顔は真っ赤だ。

「…もしかして…意識しとるん?」

ああ、そう言えば一番最近の手紙…つい昨日届いた手紙では、結婚の事とか書いてあった気がする。

もう引き取って3年。
貴族の子弟としたら十分お年頃のはずが、全然そんな雰囲気にならないな…と思っていたのだが、たった3週間だけだが、引き取ってから初めて長期間離れたことで、一気に気持ちが成長したのだろうか…。

「…手紙…読んだで。キクちゃんが…三日夜の餅の準備とかしてくれるんやんな?」

濡れた髪を一筋指に絡めて口付けながら、アントーニョは岩に座るアーサーの横にひざまずいて、その身体を抱き寄せた。

そして耳元に吐息と共に低い囁きを落とす。

「そろそろ…結ばれようか…」
と、その声に緊張の走る細い身体。
薄い肩がかすかに震えている。

「寒いん?温めたろうか?」
そっとこちらを向かせると大きな潤んだ瞳がアントーニョを見上げた。
紅を塗ったわけでもないのに紅い小さな唇がかすかに開く。

「……温めさせてやっても…いい…」
まだあどけなさの残る面差しなのに匂い立つ色香にクラリと目眩を覚える。

「…目…つぶったッて?」
と囁きながら顔を近づけると、思い切りぎゅうっと目を閉じるのが可愛らしい。

紅い…紅い唇…吐息と吐息が交わった…唇の感触が……

「アントーニョさ~ん!これ捨てておかないでくださいよ~!」

「うあっ!」
唇が触れる直前、ドン!とアーサーに突き飛ばされた。

少し離れたところに見えるセーシェルの影。
見ると直衣の襟首を掴んで自分よりはるかに大きい大の男をずるずると引きずっている。
もちろん少し離れたところに舟もとめてある。

「あ~、堪忍。忘れとった」
内心舌打ちをしながらも、しかし忘れてた自分が悪いと頭を掻いて謝るアントーニョ。

何か言いたげに自分を見上げるアーサーに
「ああ、セーちゃんはここらの漁師を仕切っとる網元の孫で、俺の漁の師匠やねん」
と説明した。

「アントーニョさん、この人めっちゃ綺麗ですね~。色白~い。髪キラキラですよ」
と、嬉しそうに襟首を掴んだフランシスを引きずり回すセイシェルに、さすがの野生児アーサーも目を丸くする。

「ねえ、これ私が拾ったんだからもらっちゃっていいっすか?いいっすよね?」

「…いや…あかんのとちゃう?一応京に親兄弟おるし…跡取りやから家のモン困ると思うで?」

「え~っ」
「え~言われてもなぁ…」

「キラキラしてるし、欲しいんすけど…」
フランシスをズルズル引きずりながらアーサーの目の前にひょいっと顔を近づけたセーシェルはニカッと笑った。

「この人も白いっすね~」
そう言われてアントーニョは慌てて二人の間を遮るように手を広げて割って入る。

「アーサーはあかんよっ!やらへんよっ!」

「大丈夫、私だって他の人のモンとりゃあしません。
この人はアントーニョさんのモンだから欲しがりませんて。
でもこっちは私が拾ったわけだし……そうだっ!鯛と交換だったらどうでしょうっ!」
「う~ん…鯛じゃあかんのとちゃう?」
「ええっ?!じゃあタコもつけるっ!タコもつけますよっ!!美味いっすよ、タコっ!」

「そういう問題や無いと思うけど…まあええわ。本人と交渉したって。
アーサー風邪引かせたらまずいから、俺ら戻るな。
こっちの舟使うから、セーちゃんフラン連れてあっちの舟で戻ったって」
「了解っす」

とりあえず一応フランシスも色男のはしくれだ。
セーシェルと言えど女性なわけだし、フランシスは自分で切り抜けるだろう。

非常に無責任にもそう決めつけて、アントーニョは一刻も早く館へ戻り、キクに結婚の準備を頼まなければ、と、アーサーの手を引いて自分達が乗ってきた小舟へとうながす。

「ま…また舟に乗るのか…」
「そらぁ乗らんと帰れへんやん」
「………だよ…な」

いつも強気なアーサーだが、さっき落ちたばかりの海は怖いらしく、少し躊躇している様子も可愛らしい。

「大丈夫。俺は舟に慣れとるからひっくり返さへんし、万が一落ちたかて、ここから向こうの陸地くらいまでなら泳げるさかいな。ちゃんと助けたるよ」
ぎゅうっと一度抱きしめて、それからひょいっとアーサーを抱え上げて小舟におろして座らせると、
「じゃ、一足先に戻っとくな~」
と、アントーニョはセーシェルに一声かけると、小舟を海の方へと押して波間に浮かんだあたりで自分も飛び乗った。



Before <<<    >>> Next 


0 件のコメント :

コメントを投稿