あずま男の源氏物語@私本源氏物語_七の巻_1

「これは…驚いた。
予定よりまだ少しばかり早い気がしやしたが、もう来なすったんですかい?」

外は快晴。
綺麗な海を見下ろせる小高い丘にその館は立っていた。
フランシスもかつて知ったる場所。子どもの頃に来た事がある。
それはそうだ。ここは元々左大臣家の持ち物で、アントーニョが都落ちするとなった時にここの手配をしたのはフランシスだ。

そうして久々に訪ねた別宅で供の者を外に残して中に入ってみれば、元々焼けてはいたものの、さらにこんがりと日に焼けたアントーニョの従者が、楽しげに魚をさばいていた。

「大将なら海にいやすぜ?
雀捕りでは負けたから、魚捕りではお姫ちゃんにイイトコ見せるんだって近所のガキンチョに漁教わってるんでさ。
これも大将が捕ってきた魚なんですが、いかがですかぃ?」
と、ドン!と姿造りにした刺し身を醤油皿と共に3人に差し出す。

「キクさんも山育ちでしょう?とれたての魚、美味いですよ?召し上がってくだせえ」
とにこりとされれば、小皿に入った整った料理しか口にした事がなく戸惑っていたキクは恐る恐る渡された箸を手に刺し身を口にする。

あっさりとして、それでいてコリっととれたてならではの歯ごたえを残すその切り身に思わず
「美味しいっ!」
と感嘆の声をもらす。
「美味しいっ…美味しいです、サディクさんっ」
都人の嗜みなどなんのその、妙なる素晴らしい味わいに箸が止まらない。
いつもどこか自制しているようなキクの嬉しそうな顔に、サディクも幸せそうな満面の笑みを浮かべた。

一方のアーサーは魚にはそれほど興味を持たず、
「ホントにあいつガキだから」
と、自分も都で同様の発言をしていたにも関わらず、魚捕りに勤しんでいるというアントーニョに対して呆れた口調でそう漏らすと、
「呼びに行ってくるっ!」
と、館を飛び出す。

もちろん一人で行かせるわけにもいかないので、フランシスも魚の賞味もそこそこにその後を追うことに…。

こうして海辺につくと数人の漁師がのんびりと網の手入れをしている。
そこでアントーニョの行方を尋ねたフランシスは恐ろしい話を聞いた。
そう…世にも恐ろしい話を聞いたのである。

アントーニョ達はここにはいない…正確には浜には。
彼はさらなる獲物を求めて遠くに見える小島まで遠征しているらしい。

……手漕ぎの小さなボートで……。

アントーニョの元に即向かおうと思ったら、同じく小さな手漕ぎのボートで向かうしかない。
そう…二人くらいしか乗れない小さなボートで……

恐ろしい事に、北山の雀っ子こと野生児アーサーは、すでに小舟に乗り込んでいて、ちょいちょいとフランシスに手招きをしていた。

なに?なに、このお兄さんの死亡フラグ!!

無言で真っ青になるフランシスを気の毒に思った地元の漁師が

「兄ちゃん、舟はダメかい?お姫ちゃんは俺が送って行こうか?」
と、声をかけてくれるが、アーサーを見知らぬ男とふたりきりになどしたとアントーニョに知られたら確実に殺される。

そこでフランシスは仕方なく手こぎボートの漕ぎ方など教わる。
そして乗り込む。

これは…サディクについてきてもらうべきだったと心の底から後悔しながら、左大臣家のお坊ちゃまであるフランシスの初の手こぎボート体験が始まった。

うん…お兄さん自分が一番よくわかってるんだ。
お兄さん根っからの都会派シティーボーイだからさ…向いてないんだ。
幼なじみ4人組の中でこの手のことに一番向いてない。
女の子のエリザよりも向いてない自信あるよ?

真っ青な顔のまま海原に漕ぎだすフランシス。
山育ちだがその辺りは怖いもの知らずのアーサーはご機嫌だ。


「お前漕ぐの下手だなぁ…もう少し早く漕げないのか?日が暮れるぞ?」

などと自分よりも年下の…しかも諸悪の根源に上から目線で言われようと、声も出ないくらい恐ろしい。
手も痛い腕も痛い。
半分涙目でひたすら漕いでいると、ようやく島が近づいてきた。

「あ、トーニョだっ!お~い!!!」
「ちょ、アーサー立たないでえぇぇ~~~!!!!

いきなり立ち上がったアーサーにフランシスが悲鳴を上げた瞬間……

ばっしゃ~ん!と運悪く来た横波も加わって、ボートは見事ひっくり返った。



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