「結局…あんたは惚れた女のために動くんやな」
御所から少し離れた静かな場所に建てられた館に向かう牛車の中で、ゆっくり流れる景色をぼんやりと目の端に入れながらエンリケはつぶやいた。
まるで物見遊山のごとく、巻物に目を通していたローマが顔をあげる。
「トーニョの母親。
俺を側に置くんやってその女に似とるためやし、それでも最終的にその女の子ぉの意向通すために帝の位まで捨てるんやから、たいした純愛やと思うただけや」
「似てねえぞ?」
別に怒って罵るでもなく淡々と言うエンリケの言葉に、ローマはぱちくりとまばたきをして、首をかしげた。
「なんでいきなりあいつの話になんだかわかんねえんだが…。
確かに顔はこういう顔立ちが好みっつ~のはあるんだが…あいつ女だったしな。
やわかった。
自分の意志っつ~のが良くも悪くもないに等しい女で…
まあそれはそれで可愛いんだけどな」
「…ノロケ乙」
「おい、こら、聞けよ。」
「……」
「なんつ~かあいつは捨てられた元飼い猫みてえだったんだよ。
放っておいたらそこらで野たれ死にそうで放っておけねえっつ~の?
そこ行くとお前は野良猫だな。
優しげに見せてっけど内心プライドの高い野良の黒猫。
懐かねえし勝手にフラフラしてっし引っ掻くしな。
そのくせ綺麗でそれ自覚してっから、それなりに良い顔すれば周りは皆騙されてくれること知ってて良い顔して騙して面白がっていやがる。
だから…似てねえよ。
あいつは俺がいてやんねえと死んじまうような女だったけど、お前は真逆だ。
俺が一緒にいてえから一緒にいる。
あいつは俺に合わせる女だったけど、お前は逆に俺の方が合わせねえとフラッとどこか行きそうだから俺が合わせる。
何勘違いしてやがるか知らねえが、今回の事はずいぶん前から計画してたんだぞ。
女御達はみんな有力貴族の娘だから帝のままじゃしがらみ多すぎてお前一人構うっつ~わけにも行かねえしな。
ソレ全部切ってお前が好きそうな静かな場所に館建ててだな…すみやかに隠居するために病気のふりして引きこもって…まあ機嫌とっておいて、たまにゃあ一緒に旅行でも行ってくんねえかなと、こうして面白そうな場所の紹介文取り寄せて物色してるわけだが……」
「アホが…」
「どこがだよ。いい亭主じゃねえか。
女房のつまみ食いだって黙って流して、女房に影響ないくらい時間たってから、相手の男の窮地をちょっとばかし傍観するくれえですませてんだし、我ながら懐深くて泣けてくるぞ?」
「へ???」
初めてエンリケの顔に表情が浮かんだ。
心の底からの驚き。
「へ?じゃねえよ。
まだ俺似のガキなら俺の若い頃に重ねてんのかよ、チキショウ可愛いじゃねえかとも思えるが、お前の方に似た顔のって、どんだけ舐めてやがんだよ。
惚れてる相手じゃなきゃ、黙認なんてしねえよ」
「なんや…知ってたんか…」
「それもあってだな…とりあえず他の女にうつつ抜かしてる場合じゃねえってコツコツ準備は始めてたんだけどな。
ギルベルトのやつが育ってくれねえと、隠居するに出来ねえ。
で、苦労して苦労してやっと隠居できたんだから、これからは楽しい隠居生活つきあえよ?」
「………」
「なんだよ?」
いつも余裕な大人ぶってるかと思えば、拗ねたように口を尖らせる様子はまるで子どものようだ。
はぁ~とエンリケは大きくため息をついた。
「もう…こんなアホにつきやってやれる大人は俺くらいしかおれへんわ」
仕方ない…と、ばかりに言う口調。
だがその声音にはわずかに…ほんのわずかにだが喜色がまじっているのに気づいて
「おう、子どもみてえで可愛いだろ」
とローマはにやりと笑みを浮かべた。
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