あずま男の源氏物語@私本源氏物語_五の巻_2

「お、おまえ……何しとるんや~~!!!!」
血管が切れそうな勢いで叫んでいる右大臣。

「あれ?お祖父様何かご用?」
まだ寝ぼけ眼で目をこすりこすり祖父を見上げるエリザに

「何か用?やないわぁ~~!!!
自分何してくれとんのやっ!!帝に嫁ぐ身ぃでこんなふしだらをっ!!!」
「「へ?」」
「自分とこの泥棒猫の小僧叩ききって、わしも死んだるっ!!!!」
いきなり抜刀する右大臣に、アントーニョは慌てて飛び起きてエリザを後ろにかばい、周りの面々が右大臣を止めた。

「ちょ、お前ら何してんのよっ!!」
と、その中からフランシスが飛び出してくる。

「何て…俺は兄ちゃんに取り次いでもらうためにこの部屋で待っとっただけやけど…」
「あたしも同じく隣の部屋で待たされてたんだけど、トーニョがいたから世間話を…」

「年頃の男女が一晩同じ部屋におって、それだけちゅうことはまあ…通常なら言えへんわな。
右大臣さんとこも、東宮に嫁がせる娘さんをこないな状況にようおきはったことで…」

人混みから通りすがりに声がした。
聞き慣れたその声に目眩がする。

「ちょっと通せっ!!」
と、その時バタバタと高い足音がして、ギルベルトの声がした。


「藤壺、お前から親父の具合が悪いって聞いて急いで療養先行ったけど、ピンピンしてんじゃねえかっ!」
と、急いで戻ったのだろう。

まだ息を切らせながらそちらを睨むギルベルトに、扇で顔を隠したエンリケはクスリと小さく笑みをこぼした。

「ああ、ずっとお顔を見せに来んと帝が寂しがっておいでやったので。
嘘も方便。たまには顔を見せたってや」
と、その言葉にアントーニョは図られたらしいことを悟る。

ギルベルトが急遽一晩出かけて戻らず、さらに待たされるアントーニョとエリザの部屋が隣にされたのは、アントーニョが宮中に戻った上にエリザがギルベルトを訪ねてきているのを知ったエンリケの差金だったのだろう。

「ちょっと、ギルっ!そんなことどうでもいいわよっ!なんとかしなさいよっ!」
と、エリザの声でギルベルトは初めてこの騒ぎの中心にいる人物達に気づいたらしい。

「一体何があったんだ?」
と、人混みをかき分けてこちらへ歩み寄ってきた。

「とにかく皆散れっ!事情は俺様が聞くから」
と、野次馬を追い払い、
「まず当人に聞くんで、祖父さんは別室で待っててくれ」
と、そのまま右大臣を別室に移動させ、アントーニョとエリザのいる部屋へと足を踏み入れた。


「ギルちゃん…お兄さんの文読んでる?」
と、そこで一人残っていたフランシスが聞くと、ギルベルトは苦い顔で頷く。

「ああ。一足遅かった…っていうか、俺様もまんまと図られちまった。
せっかくフランが前もって忠告しておいてくれたのに、すまねえ」

「なんのことよ?私だけ仲間ハズレ?」
分かり合う二人に若干不機嫌なエリザ。

ギルベルトはそれに大きくため息をついてガシガシと頭をかくと、その場にしゃがみこんでガックリと肩を落とした。

「『私だけ仲間ハズレ?』じゃねえよ。きっちり罠にかかりやがって。
おめえも自重しろよ、自重っ!」
「何よ~!それ!」
「ちったあ女らしく家にこもって花嫁修業でもしてやがれって言うんだっ!」
「ざけんじゃないわよっ!バカギル!!」

「堪忍っ!!今回はエリザのせいやないわっ。全部俺のせいや。
悪うない二人が喧嘩せんとって」

昨日の幸せそうなエリザの話がまだ記憶に残っている。
それを壊したのは紛れもなく自分だ。
こんな噂がたてば、正式に帝の妻として入内は望めないだろう。
とんでもない事をしてしまった…と、アントーニョは悔恨に苛まれた。

「とりあえずもう当事者だしさ、エリザには俺から説明するね」
と、フランシスが説明を始める。

話が進むにつれてエリザの柳眉がみるみる吊り上がって、全て話し終えると、手の中の扇がバキッと真っ二つに折れた。

なに…それっ!!!
「堪忍…」
あんたが謝るなっ!!!!

(…うっあ~……)
(…だからエリザには黙っておいたっつ~のに…)
(…でもさ、もう黙ってたら収まりつかないじゃない?)
(…言ったらもっと収まりつかねえ…)

激怒するエリザに引く男達。

結局いつも一番激しやすく苛烈なのは彼女だった。
外見的にお年頃の大変美しい姫君になったとしても、やっぱり中身はエリザだと呆れ半分、しかしなんとなく安堵する。


「とにかく…俺がしばらく京を離れて謹慎するっちゅうことで、なんとかならん?ギルちゃん」

「なんで悪くないトーニョがそんな事すんのよっ!!」
「せやかて…このままやと事が大事になるし、右大臣かて黙っとらんやん」
「そんなのギルがなんとかすることでしょっ!!」
「俺様かよっ」

「しなさいよっ!」
「命令かっ」

「そうよっ!だって…」
「…だって?」

「あんた、あたしの一人の名誉も守れないくせに嫁にもらう気だったわけっ?!
開き直ったように堂々と胸をはるエリザに、フランは吹き出し、ギルベルトは肩を落とす。

「偉そうに…自分じゃ守る気もねえ名誉を俺様に守れってか?」
と、こぼすギルベルトにエリザはにっこり綺麗に微笑んで言った。
「その代わり攻めは私がやってあげるわよ」

「とりあえず…すぐには無理だ」
しばらく考え込んだあと、ギルベルトは言った。

「無理ってどういうことよ?」
「言葉通り、すぐに事を解決はできねえ」

「なんでよ。ギルが気にしないって言えばそれでいいじゃない」
本当にわけがわからない…と言ったふうなエリザにギルベルトは小さく首を横にふる。

「あのな…お前も俺もあまり気にせず生きてきたんだけどな、宮中の人間関係っつ~のは色々な絡みがあるんだ。
俺らは右大臣の血筋。トーニョは左大臣の入婿。俺のお袋は自分を差し置いておやじの寵愛を一身に受けたトーニョの母親大っ嫌いだったしな。
いわば敵方の人間がふざけた事しやがったって事になりゃあ、下手すりゃ宮中真っ二つに割れて大喧嘩だ。
俺は東宮っつってもまだ帝なわけじゃねえ。
ジジイの方が立場上だし、抑えこむことは無理だ。
ましてや現帝の寵姫が事の黒幕で大げさにする気満々なわけだから、このまま宮中にいたらお前はとにかくトーニョの立場がやべえ。
罪人って形で正式に送られる前に自分から謹慎ってのはある意味今取れる最善だ」

「ちょ、なんとかなんないのっ!!」
気の強いエリザが半泣きで拳を握りしめるのをみて、ギルベルトはギリッと唇を噛み締めた。
「…なんとかは…する」

異母弟とは言え弟で幼なじみで友人のアントーニョを陥れられるのもまあ楽しくはないわけだが、アントーニョの場合は自業自得な部分もある。

だが、自分の惚れた女を、なんの関係もないエリザを巻き込んでくれた礼はさすがにしなければ男がすたる

絶対に…絶対にエンリケの好きにはさせない。
この際アントーニョの気持ちすらどうでもいい。
アーサーは絶対にエンリケにはやらない。

3ヶ月だ」
「なにが?」
3ヶ月以内には何か手は打つ」
「…出来るの?」
「…俺様を信じろ。お前の亭主の本気を見せてやるよ」



「ま、長くても3ヶ月の我慢だ。大人しく謹慎しとけ」
厳しい顔を廊下の向こうに向けたまま、ギルベルトはポン!とアントーニョの肩を叩いた。

「俺様の縄張りでこれ以上ふざけた真似はさせねえから…」
そう言うとギルベルトは多くは語らず部屋を出て行った。


残されて少し困った顔を向けるエリザに安心させるように笑みを見せると、フランシスもポンとアントーニョの肩を叩く。

「謹慎先、須磨あたりどう?海近いし食べ物美味しいし。
京からもそんなには遠くないけど寂れてはいるから、謹慎っぽいしね」

派手には見えないそれなりにこざっぱりとした居心地の良い家を手配するよ、と、フランシスも準備のために部屋を出る。

「…俺はアホやなぁ……」
エリザと残された部屋で、アントーニョは半泣きで苦笑した。

「家族なんておらん、一人ぼっちやって思うとったけど…本当にアカン時に自分も面倒になるかもしれへんのにこんなに親身になってくれる奴らおるやん」

…アホや……と、涙をこぼすアントーニョの肩を、またエリザがポンと叩く。

「あたりまえじゃない。生まれる場所で偶然出来た関係じゃないのよ。
あたし達はわざわざ自分の意志で絆を結んだ仲じゃない。
普段ベタベタ甘やかさなくたって、沈まない程度には手を差し伸べるわよ」
と言ったあとに、にやりと

「あたしは須磨の海産物で手を打つわ、よろしくね」

と笑って、部屋を出て行った。







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