あずま男の源氏物語@私本源氏物語_四の巻_2

あまりに周りが見えていなかったのだろう…ドン!と誰かにぶつかり

「ああ、堪忍な」
と、そのまま行こうとすると、

「ちょっとまって」
と、その誰かに腕を掴まれ引き止められる。


「あ…フラン……」
そこでアントーニョはようやく自分がぶつかった相手に気づく。

フランシス…役職名を頭の中将。
左大臣の息子…つまりはアントーニョの正妻ローデの実兄だ。

喧嘩ばかりしている正妻の兄だが、この男とは意外に気があって、ローデと結婚した時から仲がいい。
気のおけない悪友というやつだ。

平素はからかいあい、じゃれあい、時には落とすが、何かあれば当たり前に気にかける。
この時もアントーニョのただならぬ様子に気づいたらしい。


「ちょっとどうしたの?お前真っ青だよ?お兄さんのとこで休んで行きなさいな」
と、宿直の際の宿泊所へと促そうとするが、アントーニョが青い顔で

「宮中は嫌や…」
と首を横に振ると、ちょっと待ってて、と、アントーニョに念押しをして駆け出していった。

そして少しして戻ってくると、
「宿直変わってもらったから。うちに行こ」
と、アントーニョの腕をとって引っ張っていく。


アントーニョの姿に浮足立つ左大臣家。

だが、フランシスが
「悪いね、今日はお兄さんのお客だから」
と、言うと、がっかりと下がっていく。

フランとつるむならもっとローデといてくれたら…と、左大臣家では常々言われているわけだが、将来の当主の意向なのだから、誰もそれを面と向かっては口に出来ない。

こうして人払いをしたフランシスの部屋。
酒と肴を運ばせたあとは、女房さえも下がらせてふたりきりになった。


「さ、一体何があったわけ?今更秘密を持たなきゃいけない間柄でもないだろう?」
盃をアントーニョの手に握らせて、半ば強引に酒を注ぐと、フランシスは自分の杯にも注ぐ。

「…聞いたら…後悔すんで?」
珍しく生気のない声でそう言って力なく杯を開けるアントーニョに酒を継ぎ足すと、

「後悔なんて今更でしょ。お前と馬鹿やって後悔しないことなんてあったっけ?」
と、フランシスは笑った。



「あ~…なんていうか…お兄さん負けた気分よ?」

誰にも言わない…言えなかったエンリケとの関係と今日の出来事を話すと、さぞや深刻な表情をするであろうと思ったフランシスは、事もあろうに苦笑した。

「色事では誰にも負けない自負があったんだけど、さすがにまだお妃と契った事はないわぁ~」
とケラケラと笑う悪友に、アントーニョも少し肩の力が抜ける。

そうしてしばらく馬鹿話をすれば、どうしていいのかは相変わらずわからないままだが、なんとか自宅に帰れるくらいには浮上した。

そして、どうせならこのまま泊まるようにと勧めるローデの女房達に、酔いと疲れを理由にアントーニョを自宅に返すように手配したことを告げ、そのままアントーニョを牛車に押し込めて二条の自宅へと送り出すと、フランシスは自室に戻って、大きくため息を付いた。



「マジ…かぁ……」
額に片手をあて、天井を仰ぐ。

参ってしまっているアントーニョに間違っても深刻な顔などして追い詰めてはと、笑い飛ばしてみたものの、笑えるような事柄ではない。

はたして女御の執着はアントーニョに向いているのか紫の上に向いているのか…
それすらわからぬ状態で、今打てる手はないわけだが……

――放置するには…相手が悪いよねぇ。迎撃準備はしておかないと…。

フランシスは文箱を開け、シンプルな和紙に筆を滑らせる。

(関わるのは確かに危険だけど…あいついなくなったら都の面白みが半減するから仕方ないよねぇ…)
と、こころの中で誰にともなくそう言い訳をすると、女房を呼んでそれを宮中のとある人物へと言付けた。

元帝の寵姫に匹敵するはずの…とある人脈に…である。




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