あずま男の源氏物語@私本源氏物語_弐の巻_1

「北山?北山におるんやなっ?!」
まるで病人のようだった大将は、俺がお姫ちゃんの話をすると急に元気になった。

「はよ、見に行こッ!会いに行くでぇ!!」
と叫ばれるのはいいが、臣下に下ったとは曲がりなりにも帝の寵児、皇族の大将が寝込んでいたかと思えばいきなり北山になど遠出しようものなら、何事かと思われる。

「ちょっと待ってくだせえ。どうせならお姫ちゃんの祖母の尼様の兄の僧都にご祈祷を頼まれるという形にしやしょう。大将がいきなり意味もなく行ったら確実に引かれます。急いては事を仕損じると申しますし、ちぃっと手筈が整うまでお待ちを…」

「ああ、もう何でもええわっ!早くしたってっ!!」
大将は癇癪を起こして地団駄を踏む。


まあ気持ちはわかる。
あんな環境で始まった継母への初恋は、ロヴィーノの話だと肉体的には一度は成就させて、でもその後は会ってもらえなくなって終わったらしい。

それから愛を求めてさすらうこともうかなりになるが、本来は愛情の矛先になる年上の正妻は、身分も高くたいそうな美人らしいが、大事に育てられすぎて気位が高く、なにかにつけて年下婿の大将を【お馬鹿さん】扱いするということだ。

『何をしてるんです、お馬鹿さんっ』
『突っ立ってないでさっさとこちらにおいでなさい、お馬鹿さん』
『琴を弾いて差し上げるので黙ってそこにお座りなさい、お馬鹿さん』
『演奏途中で寝るんじゃありません、お馬鹿さん』
『寝るなら布団で寝なさい、お馬鹿さん』

『もうほんま何でも命令口調で、いちいち馬鹿馬鹿うるさいねんっ!
言うならアホ言えやっ!』
と、三条からの帰り道、必ず俺に愚痴る大将。

だが、こう言っちゃなんだが、口調はとにかく、言ってる事は優しい事もなくはねえ。
まあ大将も若いし、口調にカチンと来て頭に血がのぼっちまうんだろう。
三条のお姫さんが良い悪いじゃない。まあ、相性が悪ぃんだろうな。

どこか相手に優しくしたくなる…相性が良い相手ってのは、そんな風になれる相手だと俺は思う。

そんな正妻との暮らしに息が詰まって、大将は色々息抜きに色々な恋人を渡り歩いたが、どうも運が悪いらしく、これといった相手に巡り合えない。
ようやく理想の恋人に会えたかと思えば、可愛がりすぎて頓死してしまった。

家族に恵まれず、せめて伴侶に愛をと思っても得られない。
そんな中で、もう完成品に絶望しての最後の希望だ。
気合も入る。

坊さまに加持祈祷を頼まれる手筈を整える間、あまりに気が急き焦れるあまり、丁度良く病気のような風貌になった。



「お姫さん…ちっこいお姫さんはどこや……」
と、寺へ向かう牛車の中で呟かれるそれは、まるで熱に浮かされた病人のうわ言のようである。

まあ恋わずらいという言葉もあることだから、まさに病人には違いねえ。

そんなちっとばかし違う病気とは知らず、坊さまは帝の御子であらせられる大将がこんな山まで足をお運びくださったと感激して、心をこめてご祈祷すると、霊験あらたかだという御札を大将に飲ませる。
その間も大将は気がそぞろだ。

そうして滞在する仮宿まで散歩という名目でブラブラと歩く。
もちろん目的地は宿ではない。
ちびっこいお姫さんのいる尼さんの住まいだ。

そこにはお姫さんのお祖母様の尼さんと、これもまたお付き合い願うには丁度良い感じのべっぴんの乳母さんと、お姫さんが住んでいる。


少し離れた所からその住まいをそっと覗いていると、ぱたぱたと軽い足音を立てて、小さな子どもが廊下を走ってくる。

秋にたわわに実る金色の稲穂のような髪に春の新緑のような淡い緑の瞳。
冬の新雪のように真っ白な肌をした、大変可愛らしいお姫さんだ。
白い着物に山吹がさねがよく似合っている。

「あなたは…何故そう乱暴な遊びばかりなさるんです…」
読経をやめてため息をつかれる尼君がそう言ってお姫さんの綺麗な髪についた薄桃色の花びらを取ると、お姫さんは大きな丸い目をきょろんと開いて
「だってその方が面白いだろっ」
とあっけらかんと言い放つ。

そうしておいて、また外へと向かおうとするお姫さんに、尼君が
「雀の子などとってはいけませんよ、どうせ死んでしまうのですから育てられませんよ~」
と言い放つのに、クルリと反転
「あっかんべ~!」
と叫んで駆け出していく。
ずいぶんとお転婆らしい。

「まじか…ありゃあ、跳ねっ返りすぎだ。
サディク…お前、あれをトーニョが気にいると思うのか?」
その様子に隣でロヴィーノが額に手を当て重いため息をつくが、穴のあくほどお姫さんを凝視していた大将は、バンバン!と俺の肩を叩いて小さく叫んだ。

ええわっ!めっちゃ可愛ええ~~!!!
あのくらいちっこい頃から育てれば理想的な妻が育ちそうやしなっ!」

と、大将が目を輝かせるのを、ロヴィーノが『えっ?!』と呆れた目で振り返る。


「あんなじゃじゃ馬…そんな理想的な妻になんか育てられんのか?」
「ええやん、可愛えやんっ!」
「いや、顔は確かに可愛いけど…」
そんな乳兄弟のやりとりに、仕方なしに人生の先輩として教えてやる。

「やんちゃな子の方が年頃になるとしおらしい優しい子になるもんですぜ」
そうやろぉ!
と、その言葉に大将が大きくうなずき、
「そういうもんかぁ~?」
とロヴィーノが疑惑の目を向けた。

そんなやりとりに夢中になっていたせいか

「こんな所で何してんだ?」
と、お姫さんがつぶらな瞳で見上げてくるまで、その存在に誰も気付かなかった。

やばい…と普通は思うものだが、うちの大将はどこに行っても歓迎されはしても怪しまれたことなどない。

むしろ話しかけられた事が嬉しかったらしく、満面の笑みで
「オ~ラ、お姫ちゃん、年いくつ?」
などと聞いている。

「生まれて今日まで丁度10歳」
とお姫ちゃんの方もハキハキと答える。


「で?こんなとこで何してんだ?覗いてたのか?」
と、また答えにくい事を聞いてくる。

「の、覗いてたわけやないよ。そうだっ!何かして遊ぼうか?」

直球の質問にさすがの大将も慌てたようだ。
しかしお姫ちゃんも別に怪しんでいたわけではないらしい。

「い、一緒に遊びたいなら遊んでやってもいいっ!」
と、少し頬を紅潮させて言う。

なんのかんの言って人里はなれた山の中で、あまり誰かと一緒に遊べる機会などないのだろう。
上から目線な言い方だが、どことなく嬉しそうな様子が可愛い。

そんなお姫ちゃんの反応に気をよくしたうちの大将も嬉しそうに笑って、ふとお姫ちゃんの手の中の物に目を止めた。

「それ何なん?」
それはザルと紐のついた小さな棒である。

「これ?雀を捕る道具だ。こうやってな、ほら」
お姫ちゃんはザルを地面に伏せ、棒でつっかい棒をし、離れた所にしゃがんで紐を手にする。

「雀が来たらこの紐を引っ張ると棒が倒れて雀が中に捕まるってわけだ」
「なるほど~。よぉ出来とるなぁ」

俺らもガキの頃は良くやった遊びではあるが、宮中で育ったうちの大将は当然そんな遊びをしたことはない。

「お前…モノ知らずだなぁ」
と、たった10歳のお姫さんに馬鹿にされているが、それには全く腹をたてる事もなく、逆に
「お姫ちゃん、すごい事知っとるなぁ」
と感心している。

いちいち腹をたててしまう正妻さんの時とはえらい違いである。
これは意外に相性がいいのかもしれない。


「なあ、でも雀なんて捕ってどうするん?」
これ、ザルの下に置いてこい、などとちっこいお姫さんに使われながら、当たり前にそれに従いザルの所に米粒を置き、お姫さんと並んでしゃがむ大将。

「雀の子を生ませんだよ」
「どうやって?」

「親雀捕まえて飼ってたら生まれるだろ。お前知らないのか?」
と、お姫さん、完全にうちの大将を舐めてかかっている。

それでも大将は全く腹を立てる様子を見せない。
にこにこと楽しそうだ。

「雀のオスとメスを捕まえるとオスがメスの上に乗っかって、チッチッて鳴いて羽広げたら生まれるんだ」
「チッチッと鳴いて羽広げたら生まれるなぁ…。可愛え事言うなぁ」
と、お姫さんの言葉にますます目尻が垂れて笑みがこぼれる。

が、ここで終わらなかった。
最近の子ども、ぱねえ。

「ばっかじゃないか?それだけで生まれるわけないだろ。
お前何も知らないんだな。教えてやろうか?」
と、哀れみの目線を大将に送るお姫ちゃん。

「何を?」
「結婚てどうすることか」
ガン!と大将は体制を崩して頭を地面にぶつけた。

「ちょ、お姫ちゃん、なんでそんな物知りなん?」
「キクのご本に書いてある。それ読むとなんでもわかる」
「…キクて誰?」
「乳母だ」

と、その時、家内から人が呼ぶ声がして、お姫ちゃんは、は~いと元気に返事をして、家内に入っていった。



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