あずま男の源氏物語@私本源氏物語_壱の巻_4

こうして隣まで足を運び、
「ちょいとごめんよ。」
と、声をかけると、どうやら身分を隠して地味な牛車で来ていても、それなりの身分のモンだとわかる大将の牛車に興味津々だったらしい若い女が好奇心に目を輝かせて走り寄ってきた。


「まあ、最近お隣によく来る方のお供よね?あのご主人かしら?
すごく美しい殿方はどなたなの?」

「お忍びなんで名前は勘弁を。
それより込み入った話がありやすんで、もうちょっと年配の方をお願いできやすか?」
俺がそう言うと、女は不可解そうな顔で引っ込んでいった。

「はい、わたくしはご主人様の乳母でございますが、なんのご用でしょう?」
と、次に出てきたのは60になろうとばかりの婆さんである。
これはちょっとばかり…年上すぎだ。

「ああ、申し訳ねえ。そんな偉い方じゃなく、出来ればもうちょっと下の年齢の方を」
と言うと、婆さんはやっぱり変な顔をして引っ込んでいって、今度は41,2ばかしの才はじけた顔のまだまだ美しい女房が出てきた。

これよ、この年頃。
これが交渉のしどきの年頃だ。

「私の主人はお忍びで知人の見舞いに通っているうち、こちらのお館のあの門に咲く白い花をですな、ぜひこちらの女あるじ様と共に愛でたいとおっしゃいまして…」

多くの言葉は要らない。

俺が要件だけ言うと、女も世慣れた様子で、にっこりと

「あらまあ、お忍びで」
と、笑う。

「あの花は夕顔と申しまして宵に咲きますので、宵のお出会いの方が宜しいでしょうか」
と、すらすらと扇に筆を走らせ、花を一輪添えて大将に言付けてくれた。

ああ、やっぱりこの阿吽の呼吸のようにわかってくれるところが、面倒が無くていい。

「お忍びの時にゃあ私もご主人に従わなきゃあならないんで…」
「ええ、私達もご主人に従わないとですわね」

と、仰々しい口説き文句も歌もなくとも、さっとわかってくれるあたりに、頭の良さ、教養がにじみ出ている。
やっぱり女はわがままな若い女より、しっかりした中年女がいい。

こうして自分の分も首尾よく約束を取り付けて、件の女房がくれた扇を渡してやれば、うちの大将も大喜びだ。



こんな調子で始まった大将の新しい恋。

「あの女、最高やッ!素直でいつもにこにこしとって、可愛らしんや。恥ずかしがって名前も言わへん。
三条の正妻ローデみたいに三年前の浮気の事を責めてきたりもせんし、六条の未亡人ナターリアみたいに結婚結婚結婚結婚言うて追いかけてきて未来の事まで約束させようとかしてきいひん。
今こうして一緒に過ごせてる時間だけが大事やなんて、可愛えこと言うんやで」

「それはようございました、理想の方がみつかったようで…」
「全く。男にとっては理想のおなごやな」
と、大将は満足気に大きくうなづく。


だが言っちゃあなんだが、そう言うなら俺なんざどこへ行っても理想の女にぶつかっている。
夕顔の家の中年の女房だって、俺が行けばいつもにこにこだ。
俺ぁ、そういう女しか相手にしてない。
だから内心、(俺の方がよほど好き勝手できてるんじゃねえか?)と思ったりするわけだ。

ああ、勘違いしてもらっちゃあ困る。
俺の方だって会ってる時はそりゃあ相手に優しくして気分よくさせてやる。
お互い会っている時間は唯一最高の恋人として睦み合う。

だからいつ行ったって、行かなくったって、その会っている時間に価値があるから、『あら、いらっしゃい』なんてにこやかに迎えてくれるのだ。

俺には大将の行く先々で、そんな女がたくさんいる。
そんな行き先を多くつくる事こそ人生の達人ってえもんだ。

俺にしてみりゃあ、いくらチヤホヤされたって、うちの大将なんざまだ恋愛事に足を突っ込んだばかりのひよっこも同然だ。

俺だって昔はあんな風にヒイヒイと修羅場をくぐり抜けて今があるわけだし、大将も若いうちはせいぜい苦労してみれば良いと思う。


しかしこうしてどうにか落ち着くかのように見えた大将の理想の女との恋は、たった1ヶ月ほどで終わりを告げた。

なんと…たまには落ち着く場所でと用意した郊外の屋敷で夢中で愛し合っている最中、可愛がりすぎて繊細な女の方が心臓発作を起こしちまったらしい。

ただならぬ様子で夜明け前に呼ばれて行けば、女あるじは閨の中であられもない姿で事切れていた。

腹上死…ならぬ腹下死させたなんて言うのはさすがに聞こえが悪すぎる。
仕方なしに大将の名誉のために女あるじの死因は
「物の怪に襲われた」
という事にしておいた。

ようやく理想の女に会えたと思ったら腹下死。
哀れにもほどがある。

これにはさすがに生まれ落ちたその日から苦難に満ちた人生を送ってきたはずの大将も落ち込んだ。
毎日泣き暮らしては
「理想の相手を自分の手で死なせてしもうたなんて…もう世を捨てて僧籍にでも入ろうか…」
なんて言い出すもんだから、こちらも焦る。
大将に坊さんになんてなられたら、失業者続出だ。

これはなんとかしなければならねえ。

「どうするよ?サディク。」
「どうしましょうねぃ…」

「お前、人生の達人とか言ってたじゃねえか、アレなんとかしろよ」
「そう言われましても…。大将はちょっとばかり変わった性癖の持ち主ですしなぁ…」

「だよなぁ…。年上、人妻、未亡人に継母まで網羅してやがるから…」
「ちょ、そいつぁ口にしちゃあダメですぜ?」
「あ~、人払いしてっから平気。お前しか聞いちゃいねえ」

「それにしても不用心な」
「まあなぁ。帝の妃に手を出したなんて話広まったら終わるな」
「なら言わねえ方が…」

「あ~そうなんだけどよ、あいつがあと夢中になる可能性があるなんて、そのおっかさんくれえじゃね?」
「やめておくんなせえ。まだ僧籍に入られる方がマシでさあ」
「ん~、もうあとはそうだなぁ…ガキでも探すか?」

面倒臭そうにポリポリと頭をかくロヴィーノだが、案外それは良いかもしれない。

「それ、行きましょうぜ。大将に進言してきまさあ。」
「げっ?マジかよっ?!!」


「大将、今度は子どもにしましょうぜっ!
未完成の、まだ一人前になってねえ、美人になりそうな子どもを探しだして、思う様教育してみてはどうですかぃ?
それこそ理想の相手がいねえなら、自分で作ってみりゃあいいんでさあ」

「おお!!それ行こうやっ!!それがええっ!!!
サディク、可愛えちっこいの一丁探してきてやっ!!!」

繰り返しになるが…うちの大将は気が移りやすい…切り替えの早い男である。

勢いで、どうだっ!!と言えば、ホイ来たっ!!というノリで話が進められていった。
さっきまで死んだ魚のようだった目は、もう活き活き爛々と輝いていて、生命力に満ち溢れている。

こうして俺は京中をちっこい可愛いあたりを探して駆け巡る事になった。







「可愛えお姫さんですなぁ」

やがて見つけた北山にお籠もりしている尼さんの元、尼さんにお仕えしている美人の乳母(ばあや)さんに声をかける。

そのお姫さんの名は紫の上。
なんと大将の片思いの継母さんの実の兄である兵部卿宮とその愛人との間の子どもである。

俺みてえな下っ端の身分のもんが帝のお妃さんなんか目にする事はまず出来ねえから、継母さんに似てるかどうかはわからねえ。

まあ継母さんがうちの大将に似てるっつ~んなら、似てねえな。
でもこの紫ちゃんがかなり可愛らしい子どもだっつ~のは変わりねえ。

そんなつもりで大将に報告したこのお姫ちゃんが、大将の人生を変える事になるたぁ、さすがの俺もまだ知る由もなかった。



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