まだ若かった帝が見初めた身分の低い更衣。
それが大将のおっかさん、桐壷の更衣だ。
世にも美しい女だったらしいこの更衣は自分にそっくりな子ども、大将を産んですぐ亡くなった。
まあうちの大将によく似た…ということなら、話半分に差し引いてもべっぴんさんだったんだろうぜ。
で、帝は大将を猫可愛がりしたんだが、子どもは所詮子どもだ。
夜の相手が出来るわけじゃねえ。
そういうわけで桐壺の更衣に瓜二つだって言う評判のエンリケっていう貴族の子を嫁にもらった。
これが世に言う藤壺の女御。
大将にそっくりな桐壺の更衣に似てるってことだから、当然大将にも似てるらしい。
で、帝は普通は近寄らせない義理の親子、女御と大将を、実の親子みたいに一緒に居させて愛でたらしいんだな。
しかしまあ二人は当たり前だが本当の親子じゃねえ。
年頃になった大将はこのおとっつぁんの嫁さんに恋愛感情を抱いちまったってわけだ。
まあそう考えると…大将はおっかさんに似た相手に恋心抱くマザコン…もしくは自分大好きなナルシスト…と言えなくはねえんだが…あんな環境じゃろくな恋愛感情なんざ育つ間もなく大人になっちまったのかもしれねえし、まともな恋を知る日がくりゃあいいなぁとは思う。
経験だけは多いんだが、心がついていかずにフラフラ遊んでる若造…俺にいわせりゃそんな感じだ。
どこかに良いお嬢ちゃんでもいないもんかねぇ…。
そんな過去はおいておいて、結局うちの大将は思いを遂げて、大満足で二条邸に帰ったわけだが、相手は人妻。
大将はもう一度連絡をと追い回すが、相手に逃げられているらしい。
これが大将も逃げられねえと追い回さないから、困ったもんだ。
平坦な…お互い両思い、お互い望んでいる相手と上手くやってくれねえもんかねぇ…。
そんな事を考えているうちに月日もたち、紀の守の女房にあげていた熱も冷めかけてきた頃、ロヴィーノの母親、つまりうちの大将の乳母が病気になったらしい。
そうするとうちの大将の頭からは件の女の事はすっかり飛んで、今度はロヴィーノの実家にせっせと通い始めた。
もちろんさすがの大将でも自分の母親代わりを口説きになんていうわけではない。
乳母の病気を心から心配しての見舞いだ。
いつ消されるかもなんていう心もとない立場から、臣下には下ったものの帝の寵児としてきちんとした位をもらった今をときめく立場になった若が何度も足繁く通ってくることに、乳母の一家はもちろん大感激だ。
乳母さんはもう尼さんになってるが、
「これで心置きなくお迎えを待てます」
と大将を拝んで泣いている。
そんな元親代わりに大将は
「何言うとるん。長生きしたってや。ばあやは俺の親も同然なんやから。こんな年になっても、やっぱりばあやのことは恋しいなるんやで?」
と、一緒に涙をこぼす。
色々コスいし女の趣味はちょっとアレなんだが、こういうところはうちの大将は優しい男だ。
身内には情が深いし、ばあさんに育てられたためか特に年寄りに優しい。
だから年寄りはみんな大将のファンになる。
女にもモテるが、それ以上にばあさん達に大人気。ばあさん連中から籠絡されていく。
と、まあここまでは良い話。
だが、一歩乳母の部屋を出ると、コロっと引っ込む涙。
そしてキラキラと輝きだす目。
「なあなあ、ロヴィ、隣の家には誰が住んどるん?」
と聞く声はすでに弾んでいる。
誤解がないように言っておくと、別にさきほどまでのが演技だったわけではない。
うちの大将は単に馬鹿みたいに気が移りやすいだけだ。
そんなことは長い付き合いのロヴィーノにも当たり前にわかっている。
が、わかっているからって腹がたたねえってわけじゃあない。
確かに垣根に夕顔の白い花が巻き付いた隣家はどことなくこざっぱりとしながらも風情があって、御簾の向こうにチラホラと女性の姿がうつっている。
どうやら身分がありげな若い女主が泣いているのを周りの女房らしき女達が慰めているようだ。
普段なら自分の趣味も兼ねて足取りも軽く訪ねていくところなのだろうが、さすがに実母が病気の折りにその大将の性癖は気に触ったのだろう。
「知らねえよっ!」
と、ロヴィーノがぷいっとそっぽを向くので、大将の視線は当然俺に来る。
「ほいほい、調べてきまさあ」
と、俺は隣の家へと向かう事になった。
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