あずま男の源氏物語@私本源氏物語_壱の巻_2

そんな風に女にモテて、あちこち忙しく通ううちの大将が、三条のお館には腰が重く、自分を叱咤して出かけなければならない…そんなところは俺から見ても可哀想に思える。

よっぽど気が合わねえんだろうなぁ…。
俺ら庶民ならそんな妻ならさっさと手を切るが、貴族同士の結婚ともなれば政治も絡んでるからそうもいかねえ。

尊い身分っつ~のは意外に不自由なもんだ。


うちの大将なんざ顔よし身分よし金もあって何でも好き勝手できてるようにみえるが、実はそういうわけでもない。
むしろそれに比べると俺の方がよほど好き勝手できてるんじゃねえか?なんて思ったりする。

ま、この歳になってまだ、好き勝手してきた…と、過去形になってねえところが、我ながらすごいと思うが。



俺は慌てて水漬け飯をぶぶ漬けでかき込んで中庭に出た。
牛飼い童がもう牛車を仕立てている。
これも左大臣家からの贈り物の立派な名牛に引かせて、うちの大将が乗り込む。

キリリとした目鼻立ち。真面目な顔をしていれば精悍で、笑うと人懐っこく、そうかと思えばその形の良い眉を少し寄せて切なげな表情を作れば、すさまじい男の色香で、これに落ちぬ女はいないとまで言われている男だ。

馬と違いゆっくりとした牛車の歩みに、左大臣家に着く頃にはすでにあたりは暗くなっていた。
もちろん足元が悪くならぬよう、門のところから延々と灯りが灯され、綺麗に敷き詰められた白い敷石を照らしだしている様子は美しい。
さすが当代随一の左大臣家の大邸宅だ。

しかしやれやれと、俺らが下男用の部屋に落ち着くまもなく、奥の方からロヴィーノのものらしき足音が響いてきて、俺らの束の間の休息を奪いとった。

「方違えだとっ。紀の守の館へおでかけだ。」
不機嫌なロヴィーノの声が俺らも不機嫌にする。
まじかぃ。

ああ、方違えってのは陰陽師で方角が悪いから別の方角へと避ける事だ。
ようは…今日は占いでうちの大将はこの左大臣家の方角が縁起が悪いっつ~ことになっているらしい。

あの坊、やりやがったな…。
俺は瞬時に悟った。
大将は始めっから今夜この三条邸が鬼門だってことを知ってたんだ。
それでいてうっかり忘れてたように来て、鬼門だから方違えに行かなければと教えられる。

「もう面倒やし、出ていきとうないわ。」
と、おそらく本当に忘れていたならごねたりせずに残念だけど仕方ないという風を装って速やかに出て行く所をわざわざ拗ねて見せるあたりで、確信した。
もちろん、
「いえ、そんなことをなさっては縁起が悪うございます。」
などと古風な左大臣あたりが言ってくれる事を見越しての発言だ。

うちの大将、お育ちが良くておおらかでのんびりしていると言われているが、実はこういうこすいところのある男である。
まあ色事師なんざ実はそう見せないように、でも小知恵が回ってマメじゃねえと務まらねえ。
そう考えると大将がこういう男なのは当たり前の事なんだが……。

「なんや、また出はるのかいな。」
と、使用人一同不満爆発である。
まあ気持ちはわかるけどな。

「しかたねえだろっ!トーニョの馬鹿だって方違え先なら大人しく寝てるだろうし、さっさとしろ」
と、おそらくここの女房の一人に愛人でもいるのだろう。
やけに洒落こんだロヴィーノが一番不機嫌な顔で、それでも責任上もあって皆を追い立てていく。

こうして着いた紀の守の館では、もちろん天下の源氏の君のお越しを大歓迎だ。
やれやれ、今日はもうここで寝れるだろう。
ロヴィーノの言うとおり方違え先だからかって?
馬鹿言っちゃなんねえ。
うちの大将、家に女っけがなければ他所へ行ってでも調達する男だ。
だから大将が大人しく寝てるからじゃねえ。

実はこの家、主人の紀の守は留守だったんだが、館には若い後妻がいる。
うちの大将、他人の嫁が大好きな男だから、たぶんこれを落としにかかるだろう。
だから今日はここから動かねえんだ。

なんで選り取りみどりの若者な大将が他人の嫁が好きかって?
あ~まあでかい声じゃ言えねえんだけどな。
正確には他人の嫁が好きというより、好きな相手が他人の嫁で、他の他人の嫁にそれを重ねてるっつ~のが正しい。

うちの大将の本当の想い人っつ~のは、藤壺の宮。
実は恐れ多くもおとっつぁん、現帝の妃だ。



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