イギリスの別宅をあとにしたのは1週間ほど前のことだ。
あの時の自分に会えるとしたら、殴り倒してでもスペイン行きを留まらせたい。
本当に…自らが招いたものとはいえ、本気で笑えない。
イギリスがいつか他に行ってしまうということは、あるいは…と覚悟をしていたが、マカオが離れていくなんていうことは、夢にも思ってなかった。
あの子はどんなに時間をあけても、いつでも自分を待っていてくれる…いつでも自分を受け入れて愛してくれているのだということを、微塵も疑った事がなかったのだ。
だからこそ安心していた。
今思えば、だからこそ安心してイギリスを優先出来たのかもしれない。
そんなことを思いながらイギリス宅のドアベルを鳴らせば、てっきり出てくると思ったマカオやスペインではなく、対応に出てきたのはイギリスだった。
まあここはイギリス宅だから不思議な事ではないのだが、他がいる場合はイギリスはこんなふうに自分のために足や手を動かしてくれるようなやつではなかった気がする。
「ああ、ポルトガル。よく来たな。入れよ」
と、滅多に見れない笑顔で迎えられて、ここまでひどく焦ってきたポルトガルは拍子抜けする。
「どうした?入らないのか?」
と、きょとんと小首をかしげるイギリスは相変わらずあざと可愛い。
「ああ、堪忍。お邪魔すんで」
と、促されるまま中に入れば、どうぞ~と機嫌よく可愛らしいふわふわの動物の足を模したスリッパでペタペタとリビングへと先導してくれる。
一体何が起こった?と思いつつイギリスについてリビングへ足を踏み入れると、そこにはやはり機嫌よくソファに座るスペインとその隣に座るマカオ。
「お茶淹れるの手伝ってくれ。」
と、当たり前にマカオの手をひいてキッチンに消えるイギリスを呆然と見送っていると、
「ま、座ったらええんちゃう?」
と、スペインが座をすすめてきた。
「なんやわけわからん。自分らどうなっとるん?」
勧められるままソファに腰をかけながら、首をひねるポルトガル。
妙に仲よさげなスペインとマカオの写真が送られてきたから、ポルトガルは今ここにいるわけだが……。
確かに今も隣に座ったりして仲は良さそうだが、そのわりにはあれほどスペインスペイン言っていたイギリスも機嫌がよく、非常に珍しいくらいに自分にも愛想が良い。
ゆえに、色々わけわからん…なわけだが…。
「ん~、なんちゅうか…1週間3人でここに泊まっとったんやけどな。
俺いままでマカオとあんま話した事なかったやん?
で、今回初めてくらい接したわけなんやけど、かっわかわええなぁ。
大人しくて素直で気が利いて、めちゃええ子やな」
にこにこと好青年スマイルでそう言う時のこの男ほど胡散臭いものはないとポルトガルは身を持って知っている。
「…やらへんで?」
と、用心深く牽制してみると、スペインは笑顔のまま少し小首を傾けた。
こいつがそんな仕草をしても全く可愛くはないと思う。
そういう仕草はイングランドかマカオがやってこそ可愛いのだ…と思い、実際そう言おうと開けた口は、次のスペインの言葉であいたまま閉じなくなった。
「…イングラテラとどっちか選んでもええで?」
はあ???
「何言うてるん?お姫さんがそんなん承知するわけないやん?」
そうだ。
自分がうんと言ったところで、もう数百年も自分が迫るたびスペインじゃなきゃと言い続けたイングランドが頷くわけがない。
どれだけ側にいようが、それこそ国の経済を傾けるくらい尽くして尽くして尽くしまくって、全てにおいて優先しても、容赦なく銃を向けるくらい拒否られていたのだ。
ありえない…と、いい加減自分だってわかる。
そんなポルトガルにスペインは苦笑して、
「イングラテラ~ちょお来たって~」
と、キッチンへ向かって声をかけた。
「なんだよ、せっかく美味しい紅茶を…」
と、ぷくりと頬を膨らませながらも足早に出てくるイギリス。
ああ、今日も可愛えなぁ…と思わず見とれていると、スペインはポルトガルの方を促しながら、極々普通にイギリスに言う。
「イングラテラ、別にポルトガルでもええんやんな?」
長く…本当に長く想い続けていたはずの相手の言葉だ。
さぞやイギリスは傷ついた顔をするだろうとおもいきや、こちらも全く普通に頷いた。
「ああ、どうせ同じ顔で同じように貧乏で隣同士だしな」
「はあ?自分いつもスペインやないとって言うとったやん」
と、その言葉にさすがに呆れ果ててポルトガルが言うと、イギリスはあっさり肩をすくめた。
「なんて言うかなぁ…別れた時の状況が状況だったし、会えなくなって久しかったから、俺もスペインに夢見てたんだよな。
でも実際会って一緒に暮らしてみたら、なんだかお前と一緒にいるのとたいして変わらない気になってきた。
それだったら慣れてるお前の方が楽かなぁとか思うし、スペインはスペインでマカオの事気に入ったみたいだしな。
それもありかな~なんて思うんだが…」
あっけらかんとのたまわる女王様の言葉に、ポルトガルはガク~っと肩を落とした。
ほんま…俺の数百年はなんやったんや……。
と、滅多に抑揚をつけて話さない自分ではあるが、さすがに絶叫したくなる。
これだから気まぐれな末っ子カップルは…と、ドッと力の抜けた目で悪びれない二人を交互に見回した。
今の状況を偉そうに説教をくれたローマ爺に見せつけてやりたい。
本当に見せつけてやりたい。
所詮末っ子の純愛なんてこんなものなんや…。
俺の方がよっぽど純愛やないか……。
「で?どないする?」
と、またあざとく小首をかしげてニコニコ聞いてくるスペインに、ポルトガルはそれこそ数百年ぶりに叫んだ。
「ふざけんなや~!!!自分らみたいなのに関わってられるかあぁあ~~!!!
マカオ返しやあぁあああっ!!!!」
「「おお~~!!!!!」」
そのポルトガルの絶叫に驚きも怒りもせず、スペインとイギリスがパチパチと拍手をした。
「はぁ????????」
「良かったなぁ、マカオ。
お前の恋人半殺しにせずにすんだみたいだ」
と、イギリスがにこにことキッチンに向かって手招きをすると、ワゴンを押しつつおずおずとリビングに戻ってくるマカオ。
そのワゴンの上には高級ワインとグラスが4つ。
「ほんまセーフやで、ポルトガル。あやうくナニをイングラテラに切り落とされるとこやったんやで~、自分」
「へ???」
こちらもにこやかに…しかし恐ろしい事を口にするスペイン。
「…セニョール……私を選んで下さるんですか……」
と、一人ポロポロ泣くマカオ。
そう言えば出会ってこのかた、マカオが泣くところなど初めて見た気がする。
「…どないしてん?大丈夫か?気分悪いんか?座り?」
と、ポルトガルが立ち上がってマカオの肩に手をかけてソファに促すと、マカオはぎゅうっとポルトガルに抱きついて、そのまま嗚咽をもらした。
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