逃げる恋ならおいかけろ14

「何があかんのやろ…。可愛えもんはしゃあないやん」

ロンドンのとあるパブでグラスを傾ける男二人。
言うまでもなくローマとポルトガルである。

あの日からずっとポルトガルはロンドン市内の安ホテルに泊まり、毎日ローマと飲み歩いては二人して詮のない話ばかりしている。


「求めてないわけやないで?俺かて折をみつけてはマカオに会いに行っとるし…」

イギリスの別宅に泊まった日、求めるばかりでポルトガルの方から求められないのに疲れてしまったとマカオは言った。
それがポルトガル的には非常に不本意なのである。

「うちのお姫さんなんて、スペインのアホが数百年単位で声もかけてきいひんけど、健気に待っとるんやで?
それこそあいつなんて自分とこの孫のことを猫かわいがりしとるやん」
カラカラとグラスの中の氷を揺らしながらむぅっと口をへの字に歪めるポルトガル。

「あ~でもロマーノはそういう対象じゃねえだろ。あいつは手ぇ出してねえぞ?」
出してたらさすがに爺がどつきに行ってるわ…と、苦笑するローマに、
「俺かてお姫さんに手ぇ出させてもろうてへんわ」
とポルトガルは膨れた。

そこでローマが
「お前さん、向こうが誘ってきたら、どうしてたよ?」
と聞くと、
「そりゃあ、ありがたく頂いとくわ。据え膳やん」
ときっぱり言うあたりが、ぼ~っとしているようでもこいつもラテン男だと、ローマはため息を付いた。

それを見てポルトガルはまた、でも実際は手ぇ出してへんで…と繰り返す。
「そもそも…俺の事いつも顔はスペインと一緒や言うくせに、手ぇ出そうとしたら、スペイン以外はアカン言うて、いきなり銃向けてくるんやで、お姫さん。
脅しとかやのうて、ほんまに撃ちよったし…」
「おいおい、本当に手ぇ出そうとしたのか、お前さん」
「当たり前やん。俺がどんだけ長いことお姫さんの側におって支えてきたと思うとるんや。
そんくらいさせてもうてもええやん」
と膨れるポルトガルに、
「お前なぁ…」
と、ローマは珍しく頭を抱えた。

KYと言われつつ、実はAKYな弟分スペインのAの部分を本気で半分とまで言わないから十分の1でもこの変なところで空気が読めない不器用な長子気質の男にわけてやりたい。

「お嫁ちゃんが逃げた理由は間違いなくそれだ」

なまじっかジッとするのが苦手でチョロチョロと動き回りながら、失敗する兄貴分や周りを見ながらNGを学んだのであろうスペインと真逆に、ジッとボ~っとしていてそのあたりを学べなかったのであろうこの男に今更ながらそれを教えてやるのは、非常に面倒だが自分以外にはいなさそうだ。

そう諦めてローマは柄にもない役割をあえて引き受けることにした。
一応どちらも可愛い自分の育て子のようなものなのだ。


「浮気は良いんだ。
某東の国の昔の言葉じゃねえけど、甲斐性があれば愛人の一人や二人作ってもいい」
と切り出したローマの言葉に
「せやろ?」
と、即答える男の後頭部をスコ~ンと張り倒す。

ゴチン!と勢い余ってそのままテーブルに頭をぶつけ、何すんねん!と涙目で睨みつけるポルトガルに、ローマは心底この役割を他に振りたくなったが、あいにくここには二人きりしかおらず、しかもいたとしてももうポルトガルより年上でそんな事を語れる奴などそうはいない。

仕方ねえ…と、ここ数日何度目かなどもう数え切れないほどついたため息をまたつきながら、ローマは再び話を続けた。

「お前の場合はもう浮気じゃねえ。浮気とはみなされねえからな?
許される浮気っつ~のは飽くまで本命は一人で、他は遊び相手だ
当然、何を置いても遊び相手より本命優先が基本だぞ?
お嫁ちゃん放っておいて、浮気相手と遊んでたらそりゃあお嫁ちゃんも逃げるからな?」

もちろん本命の性格にもよる。
自分以外と浮気は絶対に許さないというタイプもいる。
かと思えば、少数派ではあるものの、むしろ他と比べて優先される自分に優越感を感じるタイプもいる。

ローマ自身は基本的には後者のタイプしか付き合わない。
ちょっと遊んだくらいでいちいち目くじらをたてられるのは面倒だ。

おそらく自分のところにいた、少女のように愛らしかったあの国もそんな感じだろう。

ゲルマン系の国々はおそらく前者。
スペインもラテンには珍しく前者だと思う。

こいつのお嫁ちゃんは……まあ喜びゃしねえが、浮気までなら許すタイプだな。
と、ローマは先日イギリス邸で会った大人しく優しそうな東の特区を思い出した。

あれは愛想を尽かした目ではなかった。
怒ってすらいない。
諦めと不安と少しの期待…。

おそらくポルトガルが浮気をしていても、自分が本命として遇されていれば困った顔で笑いながらも許してくれるだろう。

「お前…いつもお姫さんの方を優先してっだろ」
グラスの中の酒を一気に飲み干してお代わりを注文しながら、ローマは息を吐き出した。

「おん。やって、大抵はお姫さんの方が落ち込んどったりして、放っておけへん感じやから…」
何故それを?と言わんばかりにローマの言葉に目を丸くするポルトガルの頭を、ローマはまたスコ~ン!とはたく。
ああ、もうしょうがねえやつだと、本気で思う。

「良い事教えてやる。
スペインもこの数百年、当然浮気はしてる。
女と寝たりはしてるんだ、確かに」
というローマに、せやろ?と、また性懲りなく応えるポルトガルの頭をまた叩きながらローマはさらに続けた。

「ただし…特別は作らねえ。全部一晩限りの性欲処理な?
たぶんお姫さんとまた一緒になったら、それもやんねえだろうが、やったとしても他の奴より当然お姫さんを優先する。
お前はあいつもロマーノを猫可愛がりしてたっつ~けどな、手放すの前提で恋愛要素一切なしで育ててっからな?
あそこであいつがロマーノに手ぇ出そうとしてたら、お姫さんも待たなかっただろうぜ。
つまり…だ、お前がお姫さんをいくら可愛がろうと、そこに性的なモノが一切なきゃいい。
ただし、お嫁ちゃんよりもお姫さんの事情を優先したなら、飽くまで相手が保護を必要としている被保護者で保護しなきゃなんねえ状況だった事を話した上で平謝りだ。
相手に性欲は持ってるわ、相手を優先するわじゃ、そりゃあ相手が本命で自分が浮気相手の一人っつ~扱いだと思われても仕方ねえだろ」

「そんなんちゃうで?マカオは一晩限りの相手とか思ってへんし。
でもお姫さんは小さい頃から面倒見てきたし可愛えやん?
両方大事やで?
二人一緒でもええやん。なんであかんの?」

「お前なぁ…俺の言うこと聞いてっか?
だ~か~ら~、どっちが一番かってのが大事だっつ~のっ!」
「同じ……」
「じゃねえだろっ!お姫さんの事情をいつも優先してやがる時点でっ!」

なんでこんなに言葉が通じない男に育った?
やっぱ面倒かけねえからって、こいつ放置で、他の面倒かけるチョロチョロした奴らのほうに構い過ぎたのがまずかったのか…。

もうこいつ嫌だ…と、ローマは首を横にふる。
さすがに爺ちゃんめげそうだ…と、ロマーノに買ってもらった携帯でスペインにメールを送る。

『お前の兄貴分…普通は別のやつを優先されたりベタベタされるのは嫌なもんなんだって言うことを、理解させてやってくれ。爺ちゃんにはもう無理( ;∀;)
と、打って送信ボタンを押す。

「そもそもなぁ…逆考えてみ?
お嫁ちゃんの方が他の男にベタベタしてて、お前さんより優先してたらどうよ?」

とりあえず返答待ちの間に少しでもと、子どもに何かを教える時の基本技、【自分がされたら嫌な事は他の人にもしてはいけません】を使ってみたが、

「マカオに限ってありえへんわ。
この前かてお姫さんに優しくされても俺の事が好きや言うてたし…」
と返されて、ガックリと肩を落とす。

おいおい、お嫁ちゃん、そこでそういう風にこいつ甘やかしちゃダメだ…と、思うものの後の祭りだ。
本気で他人に揉まれずに来たのがわかる。

そう、唯一側にいたのが本人も極端な性格のお姫さんだ。
しかも二人の関係は、お姫さん主導の主従関係のようなほとんど変わらぬ一方的なものだったおかげで、あれだけ混迷を極めた欧州で、他の国はそれなりに他国に揉まれてきて色々覚えたのに、こいつだけお姫さんのスカートの影にい続けて、こうなってしまったのか…。

爺ちゃんには本気でもう無理…と、諦めた瞬間に鳴るメールの着信音。
携帯に目を落とすと発信者はスペイン。

タイトルは…【こんなもんでええ?】とだけ。本文なしで、写メが添付されている。

それは…にこやかに笑うスペインと一緒にエプロンをつけてキッチンに立つマカオ。
その頬は少しはにかんだように薄桃色に染まっている。

「…?なん?」
と、それを凝視するローマの横で携帯を覗きこむポルトガル。
そして見る見る間に顔色が変わった。

「…あ…んの、アホがっ…」
「これ…いいのかよ?」
と言うローマから
「…ええわけないやろ…っ」
とスマホをひったくって写真を凝視している。

「つまり…今爺ちゃんが言った事は、こういう事だよ。」
と、さすがAKY、すげえタイミングですげえモン送って来やがる…とローマが内心にやついていると、ポルトガルはそのまま無言で立ち上がって出口へと向かう。

「あ…爺ちゃんのスマホ~~」

と、そこでつい数日前の嫌な展開に思わず手を伸ばしたローマの目の前で、後ろ手に投げ捨てられて床に叩きつけられるスマホ。
悲鳴をあげて慌てて拾いあげるが、綺麗に画面にヒビが入っている。

いくら愉快犯とは言え、ここ数日でデジカメをとられ、飲みに付き合わされ、愚痴を聞かされ、トドメがこれで…さらに飲み代も自前どころか相手の分まで全部奢り…。

楽天家の元祖ラテン男も、これにはさすがにガックリと肩を落とし、涙した。


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