その身軽さにぽか~んと口をあけて呆けるマカオの横で頭を抱えるイギリス。
やがてスクっと立ち上がると、マカオを見下ろして宣言した。
「おい、逃げるぞっ!」
「はぁ…?どうしてですか?」
展開についていけない。
なんて羨ましい…。
自分ならお出迎えの準備を始めるところである。
そこで思わず疑問を口にすると、イギリスはふいっと顔をそらせて伏し目がちにつぶやいた。
「…もう…昔の事なんだよ。あれをまた繰り返したくねえ…」
なるほど…と、それを聞いてマカオは思う。
いったん関係が出来てからの別れはつらい。
それはマカオとて経験したことだ。
マカオも国的にはいったんポルトガルと一緒になったものの、また中国に返還されている。
あれは辛かった。
本当に辛かった。
ただ、イギリスと違うのは、ポルトガルはマカオを手放すのを最後まで潔しとしなかったことと、所属が変わる事が=ポルトガルとの敵対という形にはならず、また、ポルトガルもほぼ態度を変えることはなかったことだ。
…が、マカオとて返還されるにあたってずいぶんと心配はしたのだ。
それこそ何日も眠れないくらいには悩んだ。
もしあそこで本当に縁が切れるということにでもなるのなら、立場を忘れてポルトガルの元に走ってたかもしれない。
普通に行き来出来る今ですら、会うことにいい顔をしない宗主国の中国の意向を無視して会っているのだ。
敵対して会えないなんて耐えられるはずもない。
確かにそんな経験をしたらトラウマまっしぐらなこと間違いなしである。
しかし…ローマが言っていたではないか。
スペインの方は別れるつもりで距離を取ったわけではなく、相手を今死なせてしまわないように一時的に距離を置いただけだと。
それならば、いまならば幸せになれるのでは…?
「イギリスさん…」
それを言おうとマカオが口を開くと、
「まあ…ここに来る理由が迎えに…とは限らねえしな」
イギリスは泣きそうな顔で笑う。
「ローマ帝国が…言ってましたよ。スペインさんは別れるつもりで突き放したわけじゃないって…」
「それはジジイの考えだ」
期待したくない。期待して期待が裏切られるのは辛い…。
それも痛いほどわかる。
だってマカオが今こうしている原因がまさにそれじゃないか…。
「逃げたいのは私も一緒です。
だっていつだって指折り数えて来ないあの人を待ってるのは私だけだったんですよ?
いつだってお待ちしておりますって言うしかないじゃないですか。
早く来てって言っても行かないでって言っても叶わないなら、言うだけ悲しくなるだけですし…。
周り皆あの人の事よく思ってませんから…。
私が何か少しでも不満を漏らせば、あの人が余計に来にくくなりますし…。
いつだって悲しくならないように期待しないようにして、例え約束の時間に1時間遅れようが半日遅れようが、次も来てもらえるように歓待して……。
馬鹿みたいですよっ。
でも仕方ないじゃないですか。好きなんですから」
もう自分でも何を言っているのかわからない。
でも一人じゃない…そう思ったら言いたくなった。
そして…口にしてしまえば長い間に溜め込んだ悲しみが溢れて止まらない。
「逃げたい…けど、逃げたくないんです。
会えないのは、終わるのは、絶対に嫌です」
普段大人しいマカオがこんなに感情的にワンワン泣くのをイギリスは初めて見た。
いや、イギリス以外でも見たことはないのではないだろうか。
ああ…そうだよな。
とりあえず、まずはマカオの事をなんとかしてやらないと…。
イギリスはハンカチでマカオの涙を拭いてやりながら、気を取り直す。
自分がここで逃げたらマカオの恋まで壊してしまう。
――…想いは海の底に沈めとかなあかんな…。
一日足りとも…とはさすがに言わないが、忘れた事などほぼないあの日。
海賊を率いて目の前に姿を現した自分を見てもスペインは驚かなかった。
まるでなんでもないことのようにそう言って苦笑した。
あそこでその時のイングランドの立場を否定してくれれば…自分と共に来るように言ってくれれば、何もかも投げ出して戻ったのに、悩んで悩んで、そして決意して姿を現したイングランドに、スペインはなんでもないことのように言ったのだ。
自分の想いを捨てるように…そう笑って言った。
愛していたのは自分だけだった…そう思った瞬間目の前が真っ暗になった。
それを何故今になって…と思わないでもないが、そう言えばポルトガルが自分以外に頼れる相手など、スペイン以外にいない。
もしかしたらマカオの事でスペインに助力を頼んだのかもしれない。
マカオのためにマカオの事で会うだけだ……そう思えば耐えられる。
仕事の時だって普通に出来るのだ。今回だって自分の事じゃなければ大丈夫だ。
目の前で泣いている可哀想な子ども…育て子達と変わらぬ年の……そう思えば、ここは撤退している場合ではない。
マカオにとって良い方向になるように助力を求められるなら、そうするべきだ。
イギリスはそう決意して、スペインの到着を待つことにしたのだった。
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