逃げる恋ならおいかけろ10

マカオがここに滞在するようになった翌日、国に帰った香港と入れ違いにポルトガルが来て、マカオとイギリスの付き合いを見てその翌日に帰ったが、その日の午後、やっぱり妙に馴れ馴れしい知らない初老の男が何故か訪ねてきた。


ポルトガルが出て行った日の午後、二人で…正確にはスカイプで香港も交えて作戦会議中に鳴ったドアベル。
軽い足取りで玄関まで駆け出していったイギリスは、すぐに戻ってきた。

「なんだったんです?」
と問えば、複雑な表情で…それでもきっぱり
「人違いだった」
と言う。

いやいや、人違いって街中で後ろから声をかけられたとか言うんじゃないし、こんな郊外の家まで来て人違いはないだろう…と、さすがにマカオも思ったが、そこは空気を読んでスルーしておく。

「久しぶりだな~、ローマ爺ちゃんだぞぉ!」
と、しかし、せっかく読んだ空気はリビングのドアをあけた妙にテンションの高そうな初老の男によって破られた。

「どうやって入った?!帰れっ!」
と、リビングのドアを閉めようとするイギリスとしばしドアの所で攻防戦を繰り広げるも、

「あ~あ、爺ちゃんせっかく天国からスペインの特別情報持って訪ねてきたのに、可愛いお姫さんに邪険にされて超ショックだから、フランスのとこにでも行こうかな~」
との言葉にイギリスの手がピタリと止まって、その間に男がリビングに潜り込んだ。

「…スペインが…なんだって?」
ひどく緊張した様子で振り返るイギリスに、男はどっこいしょ、と、ソファに座るマカオの隣に当たり前に座り込むと、

「爺ちゃん喉乾いたな~たまには美味い紅茶とか飲みたいなぁ~」
などとのたまわる。


「…淹れてくる。待ってろ」
と、これまでマカオが見たのとは比べ物にならないぞんざいな声ぞんざいな言い方でイギリスは不機嫌にそう言うと、キッチンへと消えていく。

(え~っと…私はどうすればいいんでしょうか?)
と、チラリと隣を見ると、誰かに似た人懐っこい雰囲気の褐色の肌の初老の男はニカっと明るい笑みで返してきた。

「あいつもこんな可愛い嫁さんもらうなんて隅におけねえなぁ。
ジジイ、あと2000年ほど若ければ放っておかねえんだが…」

え?え?2000年?え?おいくつ何ですか?と眼鏡の奥でまんまるになったマカオの目で察したらしく、男は大きな手でくしゃくしゃとマカオの頭を撫でて言った。

「イタリア兄弟知ってるだろ?その爺ちゃんのローマ帝国っつ~んだけどな」
「あ~…ええっ?!でもローマ帝国って…」
「ああ、今は天国にいんだけどな、たま~に退屈しのぎにこっち戻ってきてんだよ」

え?え?そんなのありなんですか?
そう言えば…この人もラテン?
でもイタリア兄弟よりイベリア兄弟に似ている気がしますね…。

フリーダムなところはポルトガルに…妙にテンション高いところはスペインに…。
ああ、でもローマ帝国の属国だったんでしたっけ…あの方々…。

そんな事を考えつつ曖昧な笑みを浮かべるマカオをローマは面白そうに眺めている。

「ま、嫁さんに逃げられ中ってとこみてえだしな、少しだけ爺ちゃんおしゃべりしちゃおうかな~♪」
と、マカオの返事も聞かずに、ローマはちゃっかりマカオの肩を抱いて話しだした。

「ポルトガルはな~、あれは本当は面倒みんの好きなわけじゃねえ。
立場的に長子、上の子だった、だから下のモンの面倒みんのは義務なんだよ。
逆にスペインは面倒みんの大好きだ。
あれは物心ついたばかりの頃は面倒見られる側、下の子だったからな。
他人の世話は大いなる娯楽だ。
って前提でだな、あいつらは出会ったわけよ、お姫さんに」

「お姫さん…というのは、イギリスさん、ですか?」
もう馴れ馴れしいのはスルーしよう…そう決めてマカオはローマに聞き返す。

「おう、イングランドな~。
あいつらが初めて会った頃のイングランドはそりゃあ可愛かった。
うちの孫ほどじゃねえが、まあ天使だった。
そのおチビを見てだ、ポルトガルは静かに固く、スペインはテンション高く楽しく、守ってやらなきゃと思ったわけだ。

ポルトガルにとっては無意識の義務だから、どうして?とか考えることはねえ。
義務なんざ意味を考えたら嫌になるだろうし、できなくなるだろ?
だから考えないようにして盲目的に遂行する。

一方のスペインは自分の楽しみだから、それをやる意味がわかっている。
だから必要な事、必要な時がわかる。

あいつは一時、国同士が決裂した時にイングランドを突き放してる。
それは今自分が飽くまで抱え込んだら、まだチビで何も経験せず意味もわかってねえイングランドを巻き添えにして滅ぼしちまう可能性があったからだ。
そのくらいならその後をずっと一緒に生きるために一時離れるのもやむなしと思った。
もちろん最終的には取り戻す事が前提だがな。
ただ、共に生きていける可能性が大きい選択をしただけだし、それができる。

大きく育ってしまえば、簡単には滅びないし、よしんば共に滅びたとしても、もう自己責任で、それもまた良しだ。
だがポルトガルは盲目的な義務だからそれが出来ねえ。
道はただ一本道で、ただただ刷り込みで認識した被保護者イングランドを優先する。

スペインがイングランドを追うのはイングランドだからだが、ポルトガルは自分が保護すべき被保護者だからだ。
その時出会ったのがフランスだったらフランスを優先してただろうし、オランダだったらオランダを優先してただろう。
だからイングランドも”スペイン”の事はスペイン個人として見ても”ポルトガル”はポルトガルとしてみない。

スペインが自分を追うのは自分がイングランドだからだが、ポルトガルが自分を追うのはたまたまそこにいた子どもで自分だからじゃないということがわかっているからだ。
情がないというわけじゃなく、ようは…選んだわけじゃなくたまたま縁があった…家族みてえなモンってことだな。

スペインにもそういう育て子はいて可愛がっちゃいるが、でも奴は自分が選んで最終的に一緒にいるであろう相手が誰で、どちらを優先するべきかはわかってるし、優先すべき方を優先するだろうよ。
でもポルトガルはわかってねえから…嫁の方がわからせてやんねえとな」

年に似合わぬ子どものような、いたずらっぽい顔で笑うローマに、マカオはなんだか泣きそうな気分になる。

「大丈夫。こんな可愛いお嫁ちゃんだ。
優先すべきがどちらかをちゃんと考えねえと無くすと思えば、慌てて考えて飛んでくるだろうよ。
いらねえなら、マジ、俺がもらっちまいたいくらいだ。
ま、天国在住じゃない頃ならな」

くしゃくしゃっと頭を撫でながら言う言葉に、確かに天国在住ですね、と、マカオは小さく吹き出した。

気持ちの重さ、優劣ではなく、単なる習慣で考えてないだけだ…というローマの言葉はずいぶんとマカオの心を慰め、軽くした。

少しだけ穏やかな気分になった時、さらに穏やかな気分にさせてくれる美味しい紅茶を淹れてイギリスが戻ってくる。
こちらはどうも心穏やかに…というわけには行かないらしい。

「で?飲んだら即話せ。スペインがなんだって?」
こうして一緒に過ごすようになってから初めてくらいに見る固い表情のイギリス。

そんな様子を気にすることもなく、ローマは
「これこれ。この紅茶がうめえんだ。これだけのモンは天国行っても飲めねえんだよなぁ」
と美味しそうに差し出された紅茶を受け取って飲み始めた。

普段なら紅茶を褒められれば嬉しそうな顔をするイギリスが、今は固い表情を崩さず、ただため息をつく。
ローマはそれをカップ越しにチラリと見て、苦笑する。

「怖がりのお姫さんは旦那が来るのがそんなに怖いか?」
あいつはお前さんには怒りはしねえと爺ちゃんは思うがな?と、ため息をつくローマに、イギリスは口の端を歪めて無理に笑みを作った。

「だれが旦那だ。スペインの事言ってるんだとしたら、あいつは来やしねえよ。
そういう意味ではもう俺に興味なんかねえ」

強がっているという事がまるわかりな、笑っているのにどこか泣きそうな大きな瞳。
いつも彼がそうしてくれたように抱きしめてあげたい…と、マカオは思ったものの、自分のような目下にそれをされても不快だろうと思いとどまる。

…が、隣の初老の男はそうじゃなかったらしい。

グイっと半ば強引にイギリスの腕をつかむと引っ張り寄せ、ボスンと自分の腕の中に抱え込んだ。

「…ってぇ!なにしやがるっ!!!」
とイギリスはポカポカとその腕から逃れようと暴れるが、腕力の差は歴然らしく、イテテと大して痛くもなさそうに笑いながら言い、片手でぱちりと何故か持っているデジカメで写真まで取る余裕っぷりだ。

「まあ、あれだ。ポルトガルのお嫁ちゃんとの付き合ってる疑惑に加えてこの写真見せれば、確実に血相変えて来るな」
「や~め~ろ~~!!!」

ウハハっと笑うローマの手からデジカメを奪い取ろうとイギリスはバタバタと暴れるが、リストの差も歴然としていて、全く届かない。

「とりあえず…今あいつお前さんを取り戻そうとこっち向かってやがるから、ちょっと煽ってスピードアップさせてくるわっ!じゃっ!」
いい笑顔でそう言うと、しっかり抱え込んでいたイギリスをソファに放り出し、ローマは止める間もなく、窓から逃げていく。


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