逃げる恋ならおいかけろ9

…なるほど…これが噂の……

あれからずっとマカオが滞在中のイギリスの別荘に、もう一人滞在者が加わった。

イギリスと二人きりの時にはマカオが食事を作っていたのだが、今は朝起きるとすでにキッチンから美味しそうな匂いが漂っている。

鼻歌まじりにフライパンを揺する後ろ姿に

「おはようございます」
と、声をかけると、黒いシャツとジーンズの上に厚手の黒いエプロンでイケメンオーラをぷんぷん漂わせている男は

「おはようさん。お姫さんはまだ寝とるん?」
と、眩いばかりの男臭い笑みを浮かべて振り返った。



もう朝から眩しい。本気で眩しい。

さすが太陽の国と言われるだけある。
アジアの美しさというのが静的な美しさだとすると、ラテン男の美しさはまさに動的美しさだ。

男の質問に
「はい、まだお休みに…」
と頷くマカオにまた笑みを浮かべ、

「相変わらず夜更かししとったんかいな。しゃあないな」
と、カチリとコンロの火を止めて、筋肉の浮かび上がった褐色の腕に握ったフライパンから料理を皿に移す動作も、

「マカオはいつでも規則正しくて偉いなぁ」
とくしゃりとフライパンを置いて空いた手でマカオのサラっとした黒髪を撫でる動作も、いきいきとした躍動美にあふれている。
これぞラテン!と言った感じだ。

「起こしてきましょうか?」
と、身を翻しかけると、

「ええよ、ええよ。
せっかくええ子で早起きしたんや。寝覚めのフルーツのサービスやで♪
お姫さんが起きてくる前に食べちゃってな?」
と、ウィンクと共に引き止められ、なんだか無駄にお洒落な、綺麗に型抜きしたリンゴなどのフルーツの入った皿がテーブルの上に置かれる。

キラキラとしたラテ~ン☆と言った感じの空気を振りまいているこの男が来てからは毎日がこんな感じで、このようなちょっとした甘やかしもされた経験がなさすぎるマカオはいつも妙に落ち着かない気分になるのだ。


同じアジアの湾や日本がはまっている漫画でこの人を描いたなら、いちいち、『イケメ~ン☆』というような状況描写が画面中を舞い踊るのだろうな…と、現実逃避のようにマカオは思う。

スペインが来たての頃にイギリスにそれを言ったら、
「え?ポルもラテンだし、こんなん感じか、もっと気持ち悪いくらい大げさですごいだろ?」
と不思議そうに言われたが、ポルトガルは少なくともマカオにはこんな風に接したことはない。
元が植民地と宗主国という間で始まった関係だからか、大抵はマカオに甲斐甲斐しく世話を焼かれるままになっている。


最初の頃こそそんなスペインに落ち着かずに何かしようと試みたが、一日でイケメンの波におし流された。

もうあれですよね、私のような普通の男がやるよりイケメンがやった方が絵になるってことですよね…と、誰に言っているのかわからない愚痴とも自虐とも思える言葉を脳内で吐出しながら、今では諦めてされるがままになっている。

本当に横で一緒にそのサービスを受けているイギリスがいなかったら、この世で最も尊いお姫様として恋に落とされてしまいそうな勢いである。
日々現実感がない。ふわふわとなんだか心もとない気分になる。

ああ…ポルトガルのあのダラ~ンと何かされるのを待っている様子が懐かしい。
そう思って、マカオはハッとして首を横にふる。
今はポルトガルの事を考えてはダメだ。
自分の方からではなく、ポルトガルの方に変わってもらわないとここまでやった意味がないのだ。

「ほな、親分、お姫さん起こしてくるから、マカオはこっち座っといてな」
と、当たり前にキッチンとカウンターで隔てられているダイニングの椅子が引かれて、いかにもエスコートしなれたと言った感じの自然な動作で座らされる。

ああ、こういうマメな人はさぞや皆にモテるんでしょうねぇ…。

そんなことを思いながら、マカオは少女趣味な可愛らしいイギリスの家の器に入ったキラキラしい果物をフォークに刺して口に運んだ。

ハートやら星やらの形には興味なさそうですけど、あの人は不精なところがおありなので、果物全部、こういう手を汚すこともないように種を綺麗に取り除いた状態で、ピックで一刺し、一口で食べられるように切ってさし上げたら喜びますかねぇ…などとしみじみ考えてまた首を横にふる。

本当に…自分はどれだけポルトガルの事ばかり考えているのだろうと思うと呆れてしまう。

香港や中国には、甲斐性がないくせに愛想もやる気もないダメ男、あんな男と一緒だと不幸になるなどと言われるが、幸せなど人それぞれじゃないか。

あの…自分より大きい男がじ~っと自分に色々されるのを待っている図が可愛いのだ。
賑やかなのが好きな彼らの趣味を否定する気はないが、あの口数が少ないとこだってマカオは騒々しくなくて好きなのだ。

マカオが髪を結ってやりながら、お茶を入れてやりながら、その他色々と身の回りの事をしてやりながら、その日にあったこと、思うこと、面白かったことなど、色々話すのに、おっとりと『…ん』とポルトガルが返す…そんな日常が好きだ。
次に何をしてあげれば喜んでくれるのだろうか…と、考えるのは日々楽しい。

あの喜怒哀楽が表情に出ないポルトガルが何か嬉しい事をされた時にわずかに見せる喜びの表情…あれに気づいているのは自分だけなんじゃないだろうか…と思うと、GDPが数%上がったくらいには嬉しい気分になる。

ああ、本当に…彼の良さについては自分だけがわかっていればいいのだ。
…と、ここまで考えたところで、マカオはまたハッとして首を横に振った。

まただ…気づけばまたポルトガルの事を考えている。
結局どれだけ頭の中から追いだそうと、もう悲しいほどその姿が染み付いてしまっているのだ…。

イギリスもスペインもポルトガルの態度からすればありえないほどマカオに甲斐甲斐しく優しく接してくれる。

当たり前に待ち合わせに遅れたりすっぽかされたりすることがないどころか、会う時はきっと花束くらい渡してくれるに違いない。

一般的に第三者から見れば、彼らのような恋人を持った方が自分は幸せに見えるのだろう。
でも…マカオがより幸せを感じるのはイギリスやスペインに尽くされている時ではなく、ポルトガルに尽くしている時なのだ。
自分の恋人はやっぱりポルトガルが良い…。
貧乏で甲斐性がなくて愛想もなくて約束をすっぽかしまくるような男でも、ポルトガルでなくてはダメなのだ。

…とは言うものの………

追ってきては下さいませんねぇ……。

マカオはため息をついた。


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