「自分…いつまでヘタレとるん?ちゃっちゃとお姫さん捕まえや。」
スペインが楽しく畑仕事をして帰宅したら、家の前に自分に似た顔の男が立っていた。
それだけでもイレギュラーな事なのに、なんと男、ポルトガルはいきなりスペインの襟首を掴んでそんな事を言うのだ。
明日は雪でも降るのかもしれない…と、スペインは空を見上げた。
「ダメです…」
「なんで?もう俺の事いやになったん?」
今までどれだけ疲れていようが抱き潰そうが拒んだことのないマカオの拒絶に、少なからぬショックを受けていうポルトガルに、マカオは少し困ったように微笑んだ。
「嫌いになれれば良かったんですけどね…。私はまだあなたの事が好きみたいです」
「じゃあっ」
「でも…疲れてしまったんです。
あなたに愛されようと努力することにも、我慢することにも、理想の恋人でいようと頑張ることにも……。
そんな時イギリスさんにお会いして……。安らぐんです、あの方といると。
いつもいつも求めるだけで求められなかった私を、あの方は求めて下さるんです。
自分の方が一緒にいたいのだから…と、優しくしてくださるんです。
それがとても嬉しいと思ってしまう自分がいるんです…」
責めるでもなく、ただイギリスといる時間を思い浮かべているのか柔らかな笑みを浮かべるマカオをポルトガルは呆然と見つめた。
それはまさにイギリスに疲れてマカオを求めた時の自分と同じなのでは…と思った瞬間、ひどく焦燥感にさいなまれる。
自分は自分の中にスペインの姿を追い続けたイギリスとは違う。
しかしマカオにしてみたらイギリスを優先するその態度がそれと同じだったということか…。
「俺は…マカオを愛しとんで?」
焦りつつ口にした愛の言葉は、やはり苦笑で返された。
「でもそれは唯一…いえ、一番ですらありませんよね?」
「そんなこと…っ」
と言いかけたポルトガルの言葉をやんわりとした非難の視線が遮る。
「私にももうわからないんです…。
ただわかるのは、それがあなたに対して抱いていたような愛かはわかりませんが、イギリスさんといると安心するんです。
そして…やっぱり苦しい恋は辛いんです」
それだけ言うと、マカオは、すみません…と、部屋を出て行った。
正直…考えるのは苦手だ。
基本的に感覚で生きている。
イギリスが可愛い…これはもう仕方のない事である。
でもそれがある限りダメなのだろうか…。マカオは去ってしまうのか?
急がないといけないような気がするが、イギリスとマカオ以外に親しく相談出来る相手などいない。
どうやって突破口を開けばいいのだろう…。
とにかくイギリスとマカオを引き離すには……そう考えた時に、ポルトガルの脳裏に一人の男の姿が浮かんだ。
非常に不本意ではあるのだが、ヤツを使うしかない…。
…こうして翌日早々にイギリス宅を辞してスペインの家へ向かったポルトガルだが、さて何をどう言おうと言うのも考えていない。
そして、前述のような言葉になったわけなのだが……。
「…お姫さんて…イングラテラ…やんな?」
スペインにとってもポルトガルにとってもお姫さんといえば、自国より北の小さな島国というのは暗黙の了解で、そう聞くスペインに、案の定ポルトガルは吐き捨てるように
「他に誰がおるんや。」
と言う。
「まあ…そうやんな。」
と納得しつつもスペインにしてみたら納得出来ない。
なにしろポルトガルがイングランドに想いを寄せていたのはずいぶん長い期間になるし、相手にされずにかわされ続けているのも同じくらい長い期間で、スペインとイングランドのかつての関係も、スペインの今なお変わらぬ想いも知っていても、絶対に協力はしない、むしろ邪魔をしてやると言い続けていたのだ。
それが何故いまになって?と思わないわけはない。
何を企んでいる?と、さすがに思うわけなのだが……。
(…まあ…それもどうでもええか。
そろそろ返してもらいたい気ぃもするし…ええ時期か…)
と、考えてもわからず、説明を求めても返っては来ないだろうとスペインは割り切った。
思えば一緒に堕ちるところまで堕としてしまうにはまだいとけなさすぎて、いったんは安全な場所にと手を放して早数百年だ。
あの頃と違って国情で滅亡するレベルで揉める事はないだろうし、あってももうあの子も大人だ。
自らそれを望むなら共に滅ぶ覚悟で手を取って連れ出すのも悪くはない。
まあ一度放してしまった手を伸ばせば、きっと逃げるだろうな…と思うが…。
一緒にいるために満身創痍になるのは耐えられても、離別の痛みは耐えられない、そんな子だ。
当時はそれがわかっててもなお、自分が破滅するのは構わなくても、あのあどけない様子を見れば一緒に滅びようとはどうしても言えなかったのだが、今なら言える。
というか、もう手の中に閉じ込めたなら二度と離すつもりはない。
もちろん、いったん手を放してしまったおかげで難易度が数百倍UPしているわけだが…逃す気も他に渡す気も全くありはしないのだ。
(親分も…そろそろ本気出さなあかんなぁ。
お姫さんももう大人の夢を見てもええ頃合いや…)
「ええで?そろそろ捕まえに行くわ。邪魔せんといてな?
捕まえるって決めてもうたらもう自分に預けとかんでもええから、遠慮する理由も弱みもないさかいな。
目障りな事したら…殺るで?」
ニッコリと黒い笑みを浮かべてそう言うと、ほな、追い詰める支度してくるわ…と、捕食者の目で家の中へ消えていく弟分を見てポルトガルは思い出した。
そうや…こいつ、こういう奴やったわ。
このところの穏やかさに、イギリスが自分の手の内にあるというのはスペインという猛獣を大人しく檻にいれておくための鍵を手にしているようなものだという事をすっかり忘れていた。
気に入らないモノは容赦なく残酷なまでに踏みにじる超武闘派の元覇権国家…。
その凶王の唯一の弱み、大事な大事なお姫さんである。
もしも…もしもそのイギリスが自分のせいでマカオと付き合うことになったなどと認識したら、絶対に殺られる。
うあああ~~~~!!!
あかん…もしかして更に自分で自分の首しめてもうたかもしれん…。
ポルトガルが頭を抱えて呻いている間に、着替えをして戻ってきた弟分。
コートの下には黒のシャツにジーンズ。
何やらポケットの大量に付いたベルトに何が入っているのかは知りたくはない。
サングラスを少しずらして
「ほな行くで。」
と、覗くエメラルドの瞳はまるで獲物を見つけた猛獣のそれのようにキラキラと光っている。
裏の世界の有名人と言われても納得してしまうような妙な迫力のようなモノを醸し出しているこの弟分と心底離れたい。
…が、それを実行しようとした瞬間、ガシッと腕を掴まれた。
「どこ行くん?案内したってや」
と浮かべる笑みはあくまで黒く恐ろしく、この男の本質を嫌でもポルトガルに思い出させた。
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