おい、ポル、それはこっちな~」
翌日、とるものもとりあえずイギリスの別荘に訪ねて行ったポルトガルは、追い出されこそしなかったものの、思い切りこき使われている。
「あのクソヒゲだって、いきなり訪ねてくるなら手土産の1つくらい持ってくるぞ?」
で、次に
「そもそもが恋人と二人きりで楽しんでるところに押しかけてくるなんて野暮な事は、あの脳みそ腐ってるクソヒゲですらやんねえぞ」
だ。
イギリスのマナーの様々な最低ラインは、隣国の腐れ縁らしい。
そんな感じで予想に反して非常に辛辣な言葉とともに、しかしさすがにトンボ返りしろとは言われず、室内に無事入れたポルトガルだったが、そこでもっと予想外な光景に出くわす事になる。
テーブルを挟んで二人がけのソファが2つのリビング。
そこで当たり前にイギリスに寄り添うように座るマカオ。
いやいや、自分の席はこっちやろ?と言いたいところではあるが、イギリスには頭の上がらないポルトガルとしては、イギリスの目が怖くて言えない。
そうこうしているうちに、やれワイン蔵からワイン持って来いだのつまみを作れだの、散々こき使われている間にも、まるで大事なお姫様でも扱うように、優雅な手つきで淹れた紅茶を振る舞い、菓子を勧めるイギリスの横で、恐縮しながらも嬉しそうな笑みを浮かべるマカオ。
まるで幸せに慣れていない少女が急激に訪れた幸せに戸惑いと喜びを隠しきれないと言った風情のマカオはとても可愛らしい。
はるか昔、まだマカオも貧しく幼かった頃、カステラだの金平糖だの、ポルトガルでは珍しくもない、しかし東洋にはない菓子を与えてやった頃の初々しい様子を思い出す。
そう言えば、あんな可愛らしくも幸せそうな表情、最近は見ていない気がした。
「あ…イギリスさん、そのくらいは私が…」
と、洗うために食器を運ぶイギリスに向かってマカオが伸ばした手をそっと取り、イギリスはその指先にちゅっと口付けて
「この綺麗な手が荒れてしまう可能性があることは、俺がやらせたくないんだ。ごめんな?」
と、ウィンク。
そのまま食器をキッチンへと運んでいく。
それを少し赤く染まった顔で見送るマカオ。
なんや、あれは。
俺のお姫さんはいつから王子さんになったんや…。
容赦なく地下から運んでこさせられた大量のワインを手に呆けるポルトガル。
もう両手に花どころじゃない。
マカオに手を出したら手袋でも投げられて決闘でも申し込まれるんじゃないだろうか…。
「…自分…俺に対するんとマカオに対するんと随分違わん?」
とりあえずキッチンへとワインを運び込んでグラスを用意しているイギリスに並んでそう言うと、イギリスはやはり呆れたような口調で
「自分の恋人に対して他の奴と同じか同じ以下の扱いする馬鹿なんて男じゃないだろ。
あのクソヒゲですら…」
「恋人に対してはそんな扱いはせえへんてことやな」
と、今日何度も引き合いに出された男の名前に、ポルトガルはため息をついてそう言った。
繰り返すがポルトガルはイギリスには頭が上がらない。
となると…もうマカオは実は自分の恋人であるという主張すら出来ず、目の前でイギリスがマカオをイチャイチャと甘やかし、マカオが蕩けそうな顔でそれを受け入れる図を眺めていることしかできなかった。
こうしてなかなかストレスのたまる一日が過ぎたあと、イギリスが
「お前も泊まるのか?なら客室準備するけど?」
と言うので、これがチャンスとばかりに
「ああ、それやったらいくつも用意さすの悪いし、俺はマカオと一緒でええで」
と言ってみたが、途端にイギリスの顔がまるで現役時代のように変わり、
「確かに俺はジョークは大好きだが、そういう自分の恋人をないがしろにされるような冗談は好きじゃねえ。
マカオは俺の部屋で一緒に寝泊まりしてるが、なんならあれか?
お前も一緒がいいなら、俺の部屋のバルコニー貸してやろうか?
朝方は程よく冷えて凍りづけになれるかもしれねえぞ?」
と言われて、ぷるぷる首を横に振って、
「客室お願いします…。」
と、頭を下げた。
その後食事に酒がはいり、そこそこで戻ったイギリス邸の客室で一人きりになって、ポルトガルは大きくため息をついた。
一体自分は何をしに来たのだろうか…。
イギリスの自分に対する扱いなんて、そうそう変わっているわけではない。
いつもこんな感じで容赦がない。
違うのはマカオの方だ。
いつもいつも自分に向けられていた笑顔が自分ではなくイギリスに向けられている。
いや、自分に対しては最近あんな安心しきったような笑みを向けられていなかった気もするが…。
そして…たとえ育ての親の中国を相手にしてもいつもいつも自分を庇って立てて自分の味方をしていたはずのマカオが今日はずっとイギリス側だ。
それが何より堪える。
出会って以来いつだってマカオは自分を愛し許容し寄り添っていたのだ。
それがなくなっただけで、こんなに寒い。
ああ…両手に花なんてもう言わない。
マカオのぬくもりが欲しい。
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