逃げる恋ならおいかけろ2

――ちょっと急用入って今日行けへんようになってもうた。悪いな。

ああ…やっぱり……。
世界会議の会場近くにあるホテルに取った部屋の一室で、マカオは携帯を片手にため息をつく。

そろそろ会議が終わるであろう時間にメールが来たあたりで予想はしていた。
ただ遅れるだけならば、ポルトガルはいちいち連絡を寄越したりしない。

時間にルーズなのはラテン気質なのか、午前中のはずの待ち合わせに午後に到着したりも当たり前だが、それでもいつも連絡は寄越さない。
連絡を寄越すのは本当に来られない時だけだ。




「マカオ、そろそろ会う時間的な?」

欧州との…もといポルトガルとの付き合いを良く思ってない中国の目をかわすため、今日は小銭で香港を釣って、香港と旅行という名目でここまで来ているのだが、本当にその通りになってしまった。

「いえ…今日はダメになってしまったらしくて…。
ふふっ。本当にあなたとの旅行になってしまいました」

待つのには慣れている。

あの遠い昔、船ではるか海を渡ってきていた時代など、来ると思って来られなかったなどと言う事は当たり前だった。
それどころか途中事故でもあったらとハラハラしていた事を考えれば、会えなくても確かに無事でいるとわかっている今の時代に、会う約束がダメになったくらいどうってことない。
そう思っているのに、何故か今日に限ってポロリと涙が零れ落ちた。


「…………」
「あ…なんだか目にゴミが入ってしまいました…」
などと慌ててわざとらしい言い訳とともにマカオが袖口で目を拭くと、香港は自分のために淹れてきた部屋に備え付けのコーヒーのカップをマカオの手に握らせて、黙って携帯を弄り始める。

――どちらへ?
と聞くまでも無く、相手とつながったのか

「あ~、イギリス?俺。今から会える的な?」
と極々いつもの軽い口調で始める香港に、マカオは青くなった。

おそらくポルトガルが今会っているであろう相手……。
ポルトガルがいつも最優先する…相手……。

彼に会って香港は一体何を言おうと言うのだろう。
そもそも彼は今たぶんポルトガルと一緒だ。時間が取れるわけがない…。


マカオがそんなことを考えていると、香港は本当に当たり前に
「じゃ、☓☓ホテルの◯◯◯号室で。
ん。今旅行に来てるんで?ってことで、また~」
と、通話を終わらせた。

「香港…あなた一体何を……」
本当に一体何をするつもりだ…と、思う。

というか、こうもあっさり香港に会いにくる事を了承したということは、今回ポルトガルの都合が悪くなったのはイギリス絡みではなかったのだろうか?

かつて自分達の保護者だった中国があっさり破れた相手…大英帝国の頃の威光はすでにないものの、それでも元覇権国家の強国だ。
マカオ自身は直接あまり話した事がなかったのだが、そんなにあっさり呼びつけていいものなのか…。
そんな色々が脳裏でグルグルと回るが、香港は気楽なものだ。

「今日の夕飯はイギリスに奢らせる的な♪」
と口笛でも吹きそうな勢いで言うので、マカオは真っ青になって慌てて止めた。

「そんなっ!こちらからお呼び立てしておいて、いけませんよっ!失礼ですっ!」
そんなマカオに香港はにっこり笑う。

「大丈夫っ!店のチョイスは俺がするし?
別にイギリスの手料理食べるわけじゃないからおっけい的な?」
「そういう意味じゃありませんっ!!」

同じ特区で経済に強い自分達だが、香港のこういう楽天的な強引さは自分は持ちあわせてはいない。

ああ…世界第六位の経済大国を怒らせたらどうしよう…と、マカオは頭を抱えた。
基本的に悲観主義者の苦労性である。


ざxどうしよう…ああ、どうしよう…と、マカオがオロオロしている間に部屋のドアがノックされ、
「ウィ~ス」
と香港がドアを開けに行ってしまう。

うあああ~~~
と、心の準備も出来ないまま、マカオがその場に立ちすくんでいると、案内されて中に入ってきたイギリスは、あちらもマカオがいることは知らなかったのだろう。
奥の部屋まで入ってきてマカオの姿を認めると、特徴的な太い眉を少し下げて困ったように言った。

「香港、お前一人じゃないならそう言えよ。」
と、香港に向かって苦言を呈したあと、今度はマカオを振り返って本当に申し訳無さそうに謝罪する。
「ごめんな、マカオ。急に押しかけて。
香港とはこんな機会がなければなかなか会えないんで同行者がいるとは知らないで来てしまったんだが、出直そう」

かつて中国を占領し、世界一の超大国であるアメリカにすら臆する事なくモノを申す大国…そんなマカオが持っていたイメージとは程遠く、大きく丸い澄んだペリドットのような目が印象的な、まだ少年のような顔をした青年は、その可愛らしい顔に戸惑ったような表情を浮かべている。
とてもかつて七つの海の覇者と呼ばれた大海賊の主だったようには見えない。

「いえ、せっかくですし、宜しければ私もご一緒させて頂いても?」
と、マカオが場をとりなすようににこりと笑みを浮かべると、イギリスは叱られた子どものように頼りない表情をしていた顔に、ホッとした笑顔を浮かべた。

「ああ、ぜひ。マカオの事は香港からもポルからも色々聞いてて、一度話をしてみたいと思ってたんだ」
と邪気のない顔で言う様子はむしろ可愛らしいと思うくらいで拍子抜けする。

そんな二人をニヤニヤとした顔で眺めていた香港はふと思い出したように――実際はそれが本題なのだろうが――そう言えば…と、口を開いた。

「イギリス、今誰かと一緒にいたてきな?部屋にいなかったっしょ」
「ああ、ポルとな。ちょっと飲んでた」
イギリスにしたら隠すこともないことなのだろう。
当たり前に言うので、香港は小さくため息をついた。

特に含みもないその言い方からすれば、おそらくイギリスはマカオが何のためにここに来たのか全く知らないのだろう。

これは…ズバっと言った方が良いというのは香港としては当たり前の事で

「そのポルトガルはマカオとつきあってて、実は今日マカオとの約束ドタキャンしてあんたと飲みに行ったって知ってる?」
と言うと、

「香港っ!!いきなりイギリスさんにそんな話をっ!!」
とマカオが、

「え?!そうなのかっ?!!俺全然知らなくて…マカオ、すまないっ!!!」
とイギリスが双方顔面蒼白になった。


「いえ、こちらこそすみませんっ。イギリスさんのせいじゃないのに…」
「いや、俺のせいだろ。すまないっ」
と、お互いワタワタと慌てながら謝りあうのに、香港は呆れたように頭をかく。

「ぶっちゃけ今日だけじゃないんで。
イギリスいるとイギリス優先するし?恋人の前でデカイ胸の女が好きな話とかするし?
そのたびマカオが辛気臭くなるんで、なんとかなんないっすか?」
と、続けると、マカオが顔面蒼白で香港の口を塞いだ。

「す、すみませんっ!ホントに私が勝手に落ち込むだけなんですっ」
口元を袖で隠しつつ本気でオロオロと動揺するマカオに

「い、いや、悪いっ、ホントにゴメンな。あいつ何も言わなかったから…。
恋人が自分との約束ドタキャンして他の奴と飲みに行ってたとかいったら悲しいし腹立つよな。ホントにゴメンな」
と、イギリスの方も半分涙目だ。



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