ベイビー・ベイビー12(完)

「…なるほどねぇ……」

確かにあまり過ぎた事にこだわらないスペインのイギリスへの執着は普通じゃなかった気がする。
まあ…イギリスの側はずっと片思いだったわけだし、いいんじゃないだろうか…。

だが、問題は……


「ねえ、スペイン。でも本当に坊ちゃんの言うとおり、この子がお前達の子じゃなくて、イギリス国民の子だったらどうするの?」

そこだ。
子どもに対する執着をイギリスに対する執着と勘違いしている可能性もある。
が、そのフランスの杞憂も

「アンジェが親分の事をパドレって思うとって、親分もこの子の事を自分の子ぉやって認めとるんやで?
そこになんの問題があるん?」
と、スペインは当たり前に蹴散らして見せる。
まあこいつはこういう奴だ…と、フランスがしみじみ思った瞬間、ぴえぇぇ…とクーファンの中からか細い泣き声が聞こえてきた。

「あ~、アンジェ、パドレ今帰ったで。ただいま~」
と、その声に脊髄反射で飛びついて、スペインはクーファンから赤ん坊を抱き上げた。

「あ~…う……あんぐぅ……」
片方の指を激しくしゃぶりながら小さな片手をスペインに伸ばすアンジェを、スペインは
「あ~、おなかすいとるんやね。今ミルクやるなぁ~」
と、あやしながら、目でフランスにミルクを作れと合図する。
そこでフランスは慌ててもう今日何度かやって無駄に終わっていた作業に入った。

「今日…もう何回もあげようとしたけど飲まなかったんだけど…」
と言いつつフランスが渡した哺乳瓶を受け取ると、スペインはごくごく普通に
「ほら、まんまやで~」
と、それを赤ん坊の口にくわえさせてやる。

そこからがすごかった。
もう擬音をつけるなら、チュウチュウどころではなく、ゴンゴンっといったものすごい勢いで哺乳瓶の中のミルクが減っていく。
えっえっと半分泣いているような声を出しながら赤ん坊がものすごい勢いでミルクを一気飲みして、くぷ~と満足げな声をあげたあと、ぽんぽんと手慣れた様子でげっぷを促すスペインにフランスは目を丸くした。

「もしかして…今日ぐずってたのはお前がいなかったからか?!」
「あ~そうかもなぁ。ミルクやるのは大抵俺やねん。普段イギリスの方が仕事忙しいしなぁ。
でも寝る時はマドレの方がええみたいやけどな。」
という顔は本当に父親の顔で、フランスはなんとなくホッとする。

げっぷをしておむつをかえてもらってすっきりした赤ん坊は、今度はあうあうとソファで眠るイギリスの方へとぷにっとした手を伸ばした。

「あ~おなかいっぱいになったから眠いんか。でもマドレ疲れて寝とるから、今日はパドレやあかん?」
と、普段イギリスが寝かしつける時のように軽くその背を叩いて眠りをうながしてやるが、赤ん坊は不満げにバタバタと手足を動かして暴れる。

「これやねん。」
と、それを見てスペインは苦笑して、フランスに向かって肩をすくめて見せた。

「マドレ…疲れとるとこ堪忍な。
アンジェが寝たいらしいねん。寝かせたって?」

スペインは赤ん坊を寝かしつけるのを諦めて、ソファで眠るイギリスの涙の痕が残る目元にチュッと口づけを落とす。

その様子は本当に育児疲れで眠っている幼な妻を労わりつつ起こす夫のようで、フランスはなんだか気恥ずかしい気分になってきた。

「……ん…?…ああ…戻ったのか……」
と、目をこすりながら起きるイギリス。

「ん。ただいま。今日はお疲れさんやったな。美味しいモン仰山買ってきたから、あとでゆっくり食べ。
悪いんやけどその前にアンジェの寝かしつけ…」
「…ああ…ミルクは飲んだのか?」
「飲んだで。おなかいっぱいやんな?」
と、スペインは手の中ですでにイギリスに向かってわたわた手を伸ばすアンジェに笑いかける。
「…そっか……。スペインに飲ませて欲しかっただけなのか……」
と、そこでホッとしたような…でも少し寂しそうな顔で言うイギリスに、
「そうみたいやな。でも寝るのはマドレやないと嫌や言われてもうた。」
と、スペインは苦笑した。

こうして無事イギリスの手に渡された赤ん坊は、眠い時に必ずそうするように、コシコシとイギリスの胸元に頭をすりつける。

「よしよし。もう眠い時間だよな。」
と、それを優しい目で見降ろして、イギリスは静かな声で子守唄を歌い始めた。
その優しい歌声とトン、トン、という一定のリズムで背を叩く手の感触に、元々眠かった赤ん坊はすぐクゥクゥと小さな寝息をたてはじめる。

「俺らは親なんておれへんかったけど…こういう光景見るとなんや懐かしいようなあったかいようなそんな気持ちになんねん。」
と、それを見て言うスペインに、フランスも小さくうなづいた。


「…というわけで、自分もう帰ってええで。」
と、色々がひと段落すると、にこりと宣言するスペイン。

夜…繰り返すが今は夜中である。
当然フランスへ戻る交通機関などもうない。
もちろんスペインもそれはわかって言っている。

「え?え?無理っ!だってもう電車も飛行機もないよ?」
容赦のない言葉にフランスは大きく顔の前で両手を振った。

しかし、落ち着いたところで何か色々を思い出したように微妙に機嫌を下降させ、
「歩いて帰れば途中で始発になるんちゃう?」
とさらに追い打ちをかけるスペインにこれ以上何か言っても無駄な気がしたフランスは、焦って
「坊ちゃんっ!お兄さん今日は頑張ったよねっ?!」
と、助けを求めた。

「…役にはたたなかったけどな。」
と、そこでこちらもきっぱりはっきり切って捨てる腐れ縁に、フランスは手で顔を覆って宙を仰ぐ。
ああ、こちらも落ち着いたら通常運転だ…とくらくらした。

しかし次に漏れた言葉は…

「…だから……次からは……スペインに電話する……」



え??
本当に小さな小さな声。
顔は真っ赤で、アンジェリカの頭にその顔をうずめるように俯いて、そう呟くそのイギリスの貴重なデレに、スペインが興奮のあまり、バンバン!!とフランスの肩を叩く。


「ええからっ!勝手に客室使いっ!!さっさと引っ込んだって!!!」
とスペインが言うのに、もちろん空気を読むフランスはぐずぐずして寒空の中に追いだされて野宿などという憂き目にあわないように、慌ててリビングを出てかつて知ったる客室に。

「これは…赤ん坊の両親の枠を超えて夫婦関係が始まるのかねぇ…」
洗ってたたんであるシーツを出して自分が寝るベッドのベッドメイキングをしながらひとりごちるフランスの言葉の通り、人間としての戸籍で籍をいれた二人が正式に赤ん坊を養子として引き取るまでは、そう長い日数を要しはしなかったのであった。




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