ベイビー・ベイビー10

そんなある日の事である。
久々に帰国しなければならない仕事が入って、スペインは急遽自国に帰国した。
早朝に出て帰るのは夜中。
それでも大事な妻子を丸一日二人きりにしておくのは心配なので、遅くなっても帰宅するつもりだ。


午前中と午後の会議の合間には、放置しておいたスペイン国内の自宅を覗き、頼んでおいた畑の世話がきちんとなされている事にホッとするが、やっぱり早く帰宅したい。

4か月前…初めてアンジェの存在を知ったあの日、庭でアンジェを抱きながら、イギリスは寝不足と過労で倒れかけていた。
適度に手を抜くと言う事が苦手な性格のあの子がまた無理をしていたり思いつめたりしていないか心配だ。

こんなに近くで長く過ごした事は今までになかったのだが、自分は本当にイギリスと言う個人を誤解していたと思う。
一言で言うなら、国策イコール国体の意志ではないということを、自分に関してはわかりすぎるほどわかっていたくせに、相手に対しては失念していたということだ。

器用で抜け目ない国としての方針や政策とは対照的に、個人としてのイギリスはすごく不器用なのだ。

500年前のあの緊張だって、本当に大国に連れてこられた事に対しての緊張で、企んでたわけでなかったのかもしれないし、もしかしたら国策で海賊を支援する事を知って、怯えたり心を痛めたりすらしていたのかもしれない。

考えてみれば、全てが計算づくで出来るような器用さがあったなら、某超大国に愛情を注ぎすぎて裏切られて未だに血を吐いたりしていないだろう。

だってあの子はあんなに不器用で一生懸命で優しい。

自分がしたことを正当化するつもりはさらさらないし、罪は消えないわけなのだが、それでもアンジェを授かったのは、そんなあの子を誤解したまま距離を取っていた自分に、あの子を支えて守ってやれと言う神の思し召しだという気すらしてきた。

まあ…イギリスには義務感から育児を申し出ていると思われているのか、飽くまでアンジェは事故で亡くなった国民の子を預かっているだけと、父親とは認めてもらえないわけではあるが…。

「普通、国には子どもなんて出来ないし、それ以前に男同士で子どもが生まれるわけないだろ」
と、何度言われたかわからない。

が、相手はあの不思議国家である。何があるかわからない
国体だろうと男だろうと子どもくらい生まれるかもしれないじゃないか…というか、生まれているだろう。
アンジェは確かに存在している。

正直に言えば責任や義務感というものが全くないとは言わないが、4か月一緒にアンジェを育ててきて、イギリスのこともアンジェのことも今では気が変になりそうなくらい愛おしいと思っているのだ。
いい加減認めてスペインにも義務と責任を背負わせて欲しいし、権利を認めて欲しい。

誰がなんと言おうとアンジェは自分とイギリスの間に出来た愛しい娘なのだ。
もう百歩譲ってあの子が血のつながりのない子だという可能性があったとしても、それが何だと言うのだ。
あの子は確かにスペインを父親と認めているし、スペインだってあの子を娘だと認めているのだから、問題ない。

とりあえず…会議の合間に自国のブランドの子供服を買い込む。
イギリスの子でもあるかもしれないが、自分の子でもあるのだから、スペインブランドも着て欲しい。
あと、イギリスには何か美味しい物を買って行ってやろう。

一緒に暮らし始めて気付いたのだが、美味しい物を食べている時のイギリスはとても嬉しそうで可愛い。
あんなに邪険にされても蹴られてもフランスが食べ物をせっせと持っていく気持ちが今ならよくわかる。

こんなことなら一緒に住んでいて贅沢し放題だったあの頃に、思い切り美味いもんを大量に食わせてやればよかった…と、スペインは普段はあまりしたことのない後悔というものをしたのだった。

考えてみればよい事も悪い事も、全てすぐ忘れてしまってあまり過去を振り返らないスペインに後悔させるのは、いつもイギリスだった。
そう思えば今回の事はきっかけにはなったが、実はスペインはずっと無意識にイギリスに執着していたのかもしれない。


そんな事を考えながらも、可能な限り会議をさっさと終わらせて、スペインはタクシーを飛ばして空港へ。
一路帰宅の途へ着く。

イギリスについたのはもう夜の良い時刻で、ヒースロー空港から自宅へももちろんタクシーだ。

家に着くとリビングには明かりがついている。
普段ドアを開けてくれる妖精さん達にも土産に菓子を買ってきたのだが、今日はもう夜も遅いので眠ってしまっているようなので、スペインは自分で鍵をあけて中に入った。



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