ベイビー・ベイビー6

3月に引き取った時にはまだ生後1カ月にもなってなかったアンジェリカもようやく生後1カ月をすぎ、授乳も3時間毎から4時間毎になっていた。

正直…子育てをした事があるといっても新生児の頃からではないので、この授乳感覚の短さと言うのをイギリスは舐めていた。

お湯は現代ではカルキを抜いてミルクを作るのに最適な60度に保っておいてくれる電気ポットなどという便利なものがあるので作るのは良いとして、アンジェリカはおっとりまったり時間をかけて飲む派らしく、飲み終わるのにゆうに20分。

それからげっぷをさせて、授乳あとには必ずくらい排泄をするのでおむつをかえて、飲み終わった哺乳瓶を洗って消毒――これも今は電子レンジで一瞬だが…――をして、次にすぐ使えるようにと準備していたら、1時間弱たってしまう。

アンジェリカが寝付きは良いのが救いではあるのだが、それでも次の授乳まで2時間しか睡眠時間がない。

(世の中の母親ってすごいよな……)

皆自分がワーカーホリックなどと言うが、さすがに毎日2時間強の睡眠しかとれないような生活を1カ月も続けた事はない。
育児舐めてた、マジ舐めてた…次からは育児中の女性の部下にはさらに優しくしよう…と、イギリスは心に固く誓ったのであった。

こうして切れ切れの睡眠時間にようやく少し慣れ、授乳間隔も若干伸びたものの、目の下にはくっきり隈。
比較的よく寝てぐずりもしないアンジェリカですらこうなのだ。
これが寝付きが悪かったりよくぐずる赤ん坊だったら、余裕で育児ノイローゼになる気がする。

それでも生後半年くらいまでは寝ててくれるし、授乳間隔も長くなる一方だから楽になっていくが、半年くらいからは今度は離乳食が始まるし、子どもも少しずつ移動を始めて目が離せなくなるらしい。

もう先の事を考えたらとてもじゃないがくらくらする。
日々の世話でいっぱいいっぱいだ。


それでもイギリスが向ける愛情を無条件に受け取ってくれる存在は愛おしい。

肌の色はイギリス人の父親似なのか透けるように真っ白でふくふくした頬はピンク色だが、イギリスをじ~っと見つめてくる少し垂れがちのエメラルド色の瞳やくるくると柔らかいちゃいろがかった黒髪癖っ毛は本当にスペインを思わせて、余計にイギリスの心を温かくする。

まるで小さなスペインを手に入れた気分で、身体の疲れも吹っ飛んで癒されていくようだ。

贅沢をいえば家事を手伝ってくれる人間が欲しいが、一応国の化身であるイギリス宅である上、訳ありの赤ん坊がいる以上、軽々しく人を雇ったりもできないし、昨日訪ねてきた髭が赤ん坊を育てている自分を見て、育児が大変なら手伝うと申し出てくれたのだが、その時は赤ん坊の容姿よりも今の状況に気がいっていて気にしてなかったようだが、よくよく見ればどこかスペイン似である赤ん坊について突っ込みをいれられるのは嫌なので、丁重に断って蹴り帰した。

たぶん…立場的には唯一手伝いを頼める相手をそうやって追いかえしてしまったので、もう自分が頑張って一人で育てるしかないのだ。

この小さな命の人生が自分一人の手にかかっている…そう思うと、少し心細い気がしてくるのは、きっと寝不足からくる疲労のせいだ。

――あ~ぅ?
今ひとつ焦点のはっきりしない目で、それでもぼぉ~っとイギリスを見上げて小さな小さな手をまるで心配でもしているかのように伸ばすアンジェリカに、うるっと目が潤んで涙がこぼれだす。

「…大丈夫…。ちょっと疲れてるだけだから。大丈夫だぞ。
アンジェはちゃんと俺一人で立派なレディに育ててやるからな…」
と、そのふくふくした頬に自分の頬をおしあてれば、どこか甘いミルクの匂いがした。

柔らかな日差しの中、眠気と疲労と諸々から足の力が抜けていく。
それでも腕はしっかりと赤ん坊を抱いたまま青々とした芝生にへたり込みかけたイギリスの体は、しかし赤ん坊ごとひょいっと宙に浮いた。

「…自分…なんで親分に言わへんの。
もう一人で抱え込まんでええよ。親分が赤ん坊ごと守ったるから。」

と言う声。
お日様と香水の香りはよく知った人物の香りで……

「…へ?」
と、半分閉じそうな目をこじあけて自分を抱えあげている人物を見上げれば、太陽を背に浮かべる明るい笑み。

「今まで自分だけに任せっぱなしで堪忍な。
これからは親分もちゃんと一緒に育てるから。」
と言われている言葉の意味がよくわからないでぽか~んとしていると、スペインの顔から笑みが消えて、心配そうな顔になった。

「イギリス?貧血かなんか起こしとるんちゃう?ちょお部屋に入るで。」
と、反応のない事を何か勘違いしたらしいスペインがそのままテラスからリビングへと歩を進める。

そのままソファに下ろされると、手の中のアンジェリカをソファの横のクーファンに移された。

何?何が起こっている…?
色々が不思議で聞きたい事はたくさんあるのだが、

「ちょお今水持ってきたるな。待っとき。」

と、大きな温かな手でイギリスの頭を撫でてそう言ったスペインが止める間もなくキッチンに向かう姿を見送ると、眠気が最高潮に達して、イギリスの瞼はもう開く事が出来ず、落ちた瞼と一緒に意識も眠りの中に落ちていった。


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