ベイビー・ベイビー5

「…なんでイングラテラが……」

そう、そこにいたのは、さっきまで夢の中で組み敷いていたあの少年の成長した姿だった。

結局一緒にいた時期もそばにいると相手が緊張するのでなんとなく近寄れず、エリザベス1世の戴冠と共に帰国。

その後は海戦で揉め、国同士が落ち着いてからもパーソナルスペースが異様に広いこの青年とことさら距離を詰める機会も必要性もなかったため、実はこんなに近い距離に身を置くのは初めてなのではないだろうか…。


…などと現実から目を背けて見たものの、実際、今のこの状況はまずいと思う。

スペインもイギリスも裸だ。
裸で二人で一つのベッド。
ちらりとベッドの外に目をやれば、力任せに引きちぎられたのかボタンの飛んだイギリスのシャツ。
そして…とどめは裸のイギリスの真っ白な肌のあちこちに点在する赤い痕。

――親分、やってもうたぁぁ~~!!!!
パチッと片手で自分の額を叩いて、スペインは天を仰いだ。
どう見てもこれは一夜を共にした後で…しかも、同意ならまだしも、シャツの様子など見れば、無理やりの可能性も高い。
そう言えばあんな夢も見ていたわけだし…。

(あかん…あかんわ。当分酒やめよ……)
と、がっくりと肩を落としてため息をつきながら寒そうに見える薄く白い肩にブランケットをかけてやろうとして視線を向ければ、本当に成人男性とは思えないその頼りないほどの細さに、夢で見ていた少年期の姿を見て、困った事に熱があがる。

まずい…とりあえず謝るべきなのだろうが、勃たせながらとか、さすがにいかんだろう。
そう思ってその裸体から目を背けるようにしてブランケットをかけてやり、首から下が視界から隠れた時点でもう一度視線を向けた。

いつも仕事を抱えて難しい顔をしているか、フランスに喧嘩をふっかけて険しい表情をしているか…最近はそんな顔しかみてなかったのだが、こうやって眠っている時はあの頃とたいして変わらないくらいあどけない。

(…今更こいつに欲情するとか思ってもみぃひんかったけど…こうしてみたら全然いけるやん…)
と、考えて慌てて頭を振る。

(これから謝らなあかんのに、何考えとるんやっ!)
そう自分で自分を叱咤した瞬間、目の前の人物がぱちりと目を開いた。

結局…スペインの予想は大かたは間違ってはいなかったようで、イギリスは土下座をするスペインを残して、泣きながら服をかき集めて身につけると、逃げるように部屋を出ていった。

落ち着いて考えてみると、おそらく今回の主催国だったので、酔い潰れたスペインを部屋まで送り届けてくれたのだろう。
なのに酔っていた自分はいきなり襲ってしまったらしい。
もう言い訳も出来ない。

とにかく謝りたかったが、それからイギリスは公の場に出てこなくなった。
メールも着信拒否をされているようで届かない。
頼みの綱の仕事関係でも向こうの秘書にシャットされる始末だ。

自分のやらかした事を思うと無理もない。
今までは世界会議や国同士の仕事で同席する事はあっても、個人としては全く付き合いがないと言って良い距離で思い出す事すらなかったのだが、あの日以来、スペインの頭の中は日夜イギリスの事が占めている。

何をしていても集中できず、何をしていても楽しめない。
そんなスペインの様子に世界のお兄さんを自称するフランスが間に入ってくれた。

イギリスの名誉を考えると本当の事を言うわけにもいかず、ただ、あの日にわざわざ送ってくれたイギリスを酔った自分が怒らせるような事をしてしまったのだとだけ言うと、さすがに高いコミュ力を持つフランスはそれ以上追及することもなく、ただイギリスにスペインがとても反省していて謝りたいと言っているということだけを伝えてくれた。
持つべきものは友人である。

それで返ってきた答えは、別に気にしてないから一人にしてくれというものだったが、気にしてないというわりには、相変わらず公の席には出てこない。
…というか、自宅にいないらしく、フランスですら会っていないらしい。

「お前…一体どんな怒らせかたしたのよ?あのワーカーホリックな坊ちゃんが仕事で代役たてるってよっぽどよ?」
と、フランスも呆れるが、スペインが力なく首を横に振ると、追及をやめてくれた。
まあ…自分達が思っている以上に、はたからは不仲に思われているイギリスとスペインの間のことなので、下手に踏み込まないようにしてくれているのだろう。

こうして1年がたとうとしていた。

その日もやっぱり気力がわかず、しかし自分の気力とは無関係に生きている野菜たちを枯らせるわけにもいかないので畑の手入れをして帰宅したスペインに、いきなり朝から電話がかかってきた。

フランスからだった。

『アロ~!あのね、坊ちゃんがロンドンの自宅に帰ってきたって知ってお兄さん様子見に行ってきたんだけどねっ、びっくりした。坊ちゃんたら赤ん坊抱いてるのよっ!
生まれたばかりくらいじゃないかなぁ。
誰の?って聞いたら自分のだって言い張るんだけど、国に子どもが生まれるなんて話聞いた事ないし…。
でも顔立ちは確かにどことなく坊ちゃんに似てる気がするんだけどね、髪の色とかは茶色がかった黒髪で、ちっちゃいのにふさふさくりんくりんなのね…』

と、そこまで聞いた瞬間、スペインは携帯を切って服を着替えてパスポートと携帯と財布だけをポケットに突っ込んで自宅を出た。

赤ん坊?
そう言えば今日はあれからちょうど1年。
自分がイギリスを襲ってしまってからちょうど1年だ。
そして…自分と同じ髪質をしたイギリス似の赤ん坊ときたら……

妙な使命感と気分の高揚に突き動かされて、スペインはそのまま勢いでイギリス入りをして、普段は使わないタクシーを使ってイギリスの自宅へと急いだ。

玄関から行っても追い返されそうなので、そのまま裏口に回る。
そして見てしまった。
髪だけじゃない。目の色も自分と同じ色合いのイギリスによく似た赤ん坊を愛おしげに抱くイギリスを。

ああ、そうやったんや。
この1年公式の場に出てこなかったんは、このせいやったんやな。
親分いっちゃん心細い時にそばにいてやれんかったなんて…でもこれからはちゃんと守ったるっ。

もう真偽を確かめるなどという考えもなく、この直情型のラテン男は心の中でそう叫ぶと、まるで別空間のように優しく美しく見えるその空間へと足を踏み出したのだった。



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