黒衣の花婿白衣の花嫁10

こうして早々に城を辞してスペインに連れられてスペインの私邸へ。
それは私邸と言っても城と呼んでも差し支えないくらいのもので、イングランドの住む森の中の小屋とは当然ながら比べものにならないくらい立派なものだ。

「…大きい……」
と、思わず自分が住む場所としては分不相応に思われるそれに足がすくむイングランドに、

「ああ、今はな、国情も落ち着いて体裁も整えなあかんからこんなんやけど、親分かてちょっと前までは戦場で野宿とか当たり前やったんやで。
親分の中身なんてその頃と対して変わらへん。別に特別なわけやないし、そんなに緊張せんでもええよ」

ひょいっとまたイングランドを抱えあげて当たり前にそう言って笑うと屋敷内に歩を進めるスペイン。

いやいや当たり前に豊かだったものじゃなく、どん底から腕一本で這い上がる力の方が特別だろう…とイングランドはそれを聞いてますますスペインをすごい男だと思った。

そんなすごい男がこうして自分のようなつまらない貧相な子どもをうけいれてくれている…それは本当に奇跡のような出来事だった。

せっかく神様が起こしてくれた奇跡だ、頑張ろう…
珍しく前向きに思ったイングランドの決意は、しかしすぐに脆くも崩れ去る事になる。

そう…決意した数十分後には……



外観だけではない。
スペインの私邸は内部のすみずみまで立派なものだった。

――あまりゴテゴテしたのは好きやないねん。シンプルイズベストやで。

との主の言葉通り、召使として連れて行かれたフランスの城のように所狭しと装飾品が飾られているということはないが、しっかりとした造りの城に置かれた重厚感あふれる家具、絨毯、ドア…構成するパーツパーツが全て高級品である事は人の世に詳しくないイングランドにすら見てとれる。

しかしそれを堪能する間もなく、イングランドは足元が妙にフワフワとする事に違和感を感じた。

それは相変わらず続く船酔いのせいでも足元に敷かれた高級絨毯のせいでもないと気づいたのは、少し足がもつれて転びかかったのを支えてくれたスペインの

「イングラテラ、すごい熱やんっ!!」
という慌てたような言葉で…


「医者呼んだってっ!!」
と言うなりひょいっと今日何度目かわからないが、また横抱きにかかえられ、揺れる視界の中で船の上よりさらに立派な部屋の立派なベッドの上に下ろされた時だ。

熱?と一瞬ぼ~っと思って、次の瞬間、ダメだ…と思う。

船の故障の一件でもう十分すぎるほど迷惑をかけているのに、これ以上迷惑をかけるなんてありえない。
面倒でやっかいな子どもだと思われる。

そう気付いた瞬間、弱いと自覚のある涙腺が決壊した。
泣くなんて余計に困らせると思って泣きやもうとするが余計に涙が止まらない。

「…ごめっ…ごめんなさっ……」
ひっくひっくとしゃくりをあげながらちゃんと言葉にならない謝罪を繰り返すと、スペインはベッドに寝かされたイングランドに覆いかぶさるように抱きしめて

「大丈夫…大丈夫やで?親分の方こそ堪忍な。
ちゃんと国まで迎えに行ったったら熱出るほど疲れさせんかったのに。
可哀想に…しんどいやんな。堪忍な」
と、ちゅっちゅっとなだめるように額に頬に瞼にと口づけをくれる。

そんなスペインの態度にホッとしつつも癒されて、しかし涙は止まる事なく泣いて泣いて泣いて…そのまま泣き疲れて眠ってしまったらしい。

気づけば飛んできた医師もメイドもいなくなっていて、ランプのわずかな明かりだけが部屋を照らす中、眠っている自分の横でブランケットの中には入らず身を横たえていたスペインが気遣わしげに顔を覗き込んでいた。

――まだ夜があけてへんからもう少し寝とった方がええけど…飲めるようなら水分だけでも取っておき?

と、ブランケットの上から優しくポンポンとイングランドをなだめるように叩いていた手を止めて起き上がると、水差しからグラスに水を注いで、イングランドの身を半身起こさせて支えてくれる。

そうしておいて差し出されるグラスを持つイングランドの手が震えている事に気づくと、スペインは少し笑みを落として、イングランドの身体を支えているのと反対の手をグラスに添えて支えてくれた。

「あのな…イングラテラ……」

コクコクとイングランドが水を飲むのを隣に座って見下ろしながらスペインがゆっくり口を開く。

「自分は親分の大事な奥さんで親分は自分の旦那や。
せやから何も緊張する事も遠慮することもせんでええんやで?
親分は自分のまだ幼いところも弱いところも全部ひっくるめて愛おしいと思えるし、守ったるからな。
安心して甘えとき。
自分が安心しきって笑っててくれることが、親分の色々な励みになるし結婚のメリットや」

そう言い終わるとイングランドが飲み終わったグラスを手にとってテーブルに置き、

――ほな、もう少し寝とこか。

と、イングランドを横たわらせると、今度は自分もブランケットの中に入って来て、ぎゅっと胸元にイングランドの頭を引き寄せた。

――おやすみ、イングラテラ。ええ夢見いや。

ぽんぽんとまた優しく背を叩く手の感触にひどく癒されて、イングランドは安心しきって夢の世界へと旅立った。


この後数十年…エリザベス1世の即位に請われて自国に帰国するまで、国情的には多少の良い悪いの関係はあったが、少年イングランドは覇権国家スペイン王国の化身に守られて、自身のそれまでの半生からするとありえないレベルで穏やかで幸せな生活を送る事になる。





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