黒衣の花婿白衣の花嫁9

こうしてスペインの私的な持ち物だという船の中、スペインの自室へと連れて行かれた。

ここもやはりシックな感じに統一された部屋で、イングランドが乗ってきた船の船室のものとは比べものにならないくらい大きく立派なベッドに下ろされて、結婚…という言葉を意識して硬直するが、なんのことはない、疲れているだろうから休むように…との気遣いだった。

見られていたら寝にくいだろうと思ったのだろうか、食べ物や飲み物を用意させるから…とスペインが部屋を出ていくと、イングランドはまるで彼を体現したような滑らかな肌触りの黒い絹のシーツの上に横たわって頬を擦り寄せてみる。

冷たさが心地いいのに優しく包み込むようなその感触はあのカッコいい国体そのもののようで、まるで初恋の相手を前にした少女のようにドキドキとイングランドの胸は高鳴った。


――カッコいい…あれが結婚相手…

今までの不運な人生の分をまるごと補うくらいの幸運。

見ていられるだけでもまるで夢物語のようなのに、形式上だけとは言え、あんなにカッコいい国体が自分の配偶者なんて、本当にありえない。

そんな幸せな気分の中、イングランドは目を閉じる。

気分は高揚していたが、しかしながら、スペイン王国へ嫁ぐ事を告げられてから今まで、不安と緊張の連続でよく眠れてなくて、ホッとしたら疲れが一気に襲ってきたのか、気づけばそのまま眠ってしまっていた。

そして…目を覚ました瞬間…

――おはようさん、よう眠れたか?腹へってへん?
目の前であの息を飲むほどカッコいい相手が微笑んでいる。

驚きで心臓が止まる所だった。
だってカッコいいスペインは笑ったら余計にカッコいい。
それがすぐ目の前、本当にアップで目に飛び込んできたのだ。
心臓が弱い奴ならショック死するレベルだ…と、イングランドは思う。

勧められるまま果実酒を飲んだが、それだって身体はまだ大人になりきっていないイングランドを気遣ってか、当たり前に美味しくなくならない程度に薄めてあった。

少し力を込めたら割ってしまいそうなフランス製の薄いグラスではなく、しっかりしたシンプルなグラス。

それを手に目を向けてみれば服だって上等そうなものだがフランスのようにゴテゴテしていない、シックで品の良い物で、艶やかな黒の生地に派手じゃない程度に金糸で刺繍がほどこされている。

ローマ帝国亡きあと異教徒に征服されたイベリア半島で戦斧を手に戦って戦って、とうとう異教徒を欧州の地から追い出したというスペインは未だ現役で戦っているということだから、きっと戦場で枷になるような飾りはあまり付けないのだろう。

わずかに首元を飾る金鎖の先には十字架が飾られているが、アクセサリーと言えるものはそれだけだ。
しかしそのシンプルさがかえって男の研ぎ澄まされた野性味を帯びたぞくりとするくらい男くさい魅力を際立たせている。

それに引きかえ…とイングランドは我が身を振り返って悲しくなった。
何が楽しくてフランスかぶれのチャラチャラゴテゴテした女みたいな服を着ないとならないのか…。

そんな事を思いながらも凝視しすぎたのだろうか…。
何か思うところがあると思われたらしく、

「他に何か欲しいモンとかある?何でも遠慮なく言いや?」
と声をかけられた。

いやいや、さすがに本当のレディじゃないのだから服が欲しいなんてありえないだろう。
いくら自国の方でこんなものしか用意してもらえなかったからといって、スペインにねだるなんてさすがにない。

そう思ったが、
「夫婦になるんやから遠慮も嘘もあかんよ?」
と、にこやかながら、どこか逆らえない雰囲気で言われて、イングランドが観念して恥を忍んで
「エスパーニャの着ている服が………格好良かったから……」
とだけ言って自らの着ている服の裾をくしゃりと掴むと、それだけで

「そうやな。
自国のモンならしゃあないけど、フランスんとこの服なんか着せられたら気持ちええわけないやんな」
と、まさにイングランドが言いたかったそれを察してくれて、なんと色違いの物を用意させると約束してくれた。

本当にスペインは強くて優しくて完ぺきだった。
イングランドが男はこうあるのが好ましいと思っている図そのままである。

自分がこんな男であったなら、みんな自分を愛してくれたのだろうか…と、イングランドはスペインに傾倒するとともに、自らを振り返って悲しくなった。


「雨降って足元悪くなっとるし、長旅で疲れとるみたいやからな」
と、実際スペインの船に乗せてもらうまであまりの揺れで気分が悪くなってふらふらになっていたイングランドを軽々と抱き上げて馬車まで運んでくれる力強い腕。

今まで自らを守るのは当たり前に自分自身だけだった。
自力で逃げられなくなれば終わりだったイングランドの人生の根本を覆すように、スペインはその大きな手で当たり前にイングランドを守ってくれる。

それは災害からだけではない。

それでなくても覇権国家様とは不釣り合いな貧相な島国の自分なのにスペインまでもまともに動かない船しか腰入れに用意出来なかった自国…蔑まれて当然のそれを当たり前に嘲笑する貴族、王族達からですら、スペインは毅然とした態度で守ってくれた。

治世者に対して拒否権がなく言いなりになるしかない自分とはえらい違いだ。

スペインのようになりたい…と言うのは無理だからせめてスペインの隣にいてもおかしくないくらいの存在に…。

今まで他人に関しては諦めていた。
なるべく接触を持たないように…持たなければならない時はなるべく目立たぬよう俯いて時が過ぎるのを待つ…そんな生き方を少しだけ努力して変えてみよう…。


人間の中で生きる努力をする…そう思ったのはイングランドにとっては大きな変化だった。



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