黒衣の花婿白衣の花嫁7

こうしてイングランドを伴ってスペインがいったん向かったのは当然ながら治世者である王のいる宮殿だ。

格式を重んじ、自国が世界の中心の強国であるという自負に満ち溢れたスペインの王宮では、それでなくても田舎の小国と言う目でイングランドを見ていたが、今回さらにこんな短い道のりもろくに超えられないような船で来たということで、ひどく蔑んだかのような視線が飛び交っている。

そんな居心地の悪い謁見の間で、それでもスペイン国王を前にイングランドが挨拶の言葉を述べなければ…と、羞恥と緊張で俯いていた顔をあげると、クスクスと貴族達の笑い声が聞こえてきて、イングランドはその身を震わせた。

目の奥が熱くなってきて、涙があふれそうになる感覚に慌ててまた俯いたその瞬間…

「アホちゃうっ?!ありえへんでっ!!」
と、その肩を守るように引き寄せたスペインが声を張り上げた。
その怒声に広間中がシン…と静まり返る。

「うちの国は天下の覇権国家ちゃうん?!
そこらの小国やないんやから、曲がりなりにも国体の親分の嫁さん取るのに、迎えの船の手配もせんとこんなまだ幼い嫁さん危ない怖い目ぇに合わせるなんて、言語道断やわっ!
そんな気ぃも使えへんで、自分の部下は何しとったん?!」
と、率先して侮蔑に満ちた視線を送っていた国王の側近を厳しい目で睨みつけ、そしてその矛先を国王に向けた。

「国の格がちゃうから同じ立場の国体やけど嫁としてもらうて自分言うとったやんな?!
で?!自分の部下が覇権国家としての体裁を整える脳みそもない男だったん?!
それとも偉そうに言うておいて、その覇権国家のうちの財政は、唯一無二の国体の嫁の迎えの船も出せんくらいやったん?!
そんなら言うてくれたら、今もそうさせてもろたけど、親分、自分の船を迎えに出したったんやけどなっ!ほんま恥かいたわっ!!」

国体自らがそう語調も強く責め立てれば、なにより体裁を重んじる国王としては国の威信に関わる事でもあるし、慌てて部下を叱責して謝罪をするより他にない。

それに対してもまだ立腹の様相を崩さないスペインにイングランドがおずおずと迎えに来てくれたことの謝辞と王への挨拶をしつつ、仲裁に入る。

自ら膝を折ってスペイン国王をたてつつスペインにとりなすイングランドの行動で、スペイン国王はなんとか体裁を保てた事にホッとしつつも、上に立つ者として部下の失態を謝罪しつつ、到着と滞在に歓迎の意を表した。

叱責された側近も、原因が単なる田舎の取るに足りない島国への待遇ということではなく、自らの上司である国王と祖国である国体の顔を潰したということであればもう、ひたすら謝罪するしか他にない。

自らどころか自分のずっと祖先の代から武器を取って異教徒と戦い続けて欧州から異教徒を追い払い、今なお現役で戦斧を手に戦場で敵を蹴散らし続ける苛烈な事で知られる武闘派の戦闘国家だ。
そのメンツをつぶしたとあれば、その場で叩き殺されても不思議ではないので、もう必死だ。

正直辺境の島国をあざ笑っている場合ではない。
むしろその祖国様が大層気に入ったらしい少年の機嫌を取っておかねばわが身が危ない。

その場でひれ伏さんばかりに謝罪をする側近に、かえって動揺する少年の様子に、祖国の怒りも少しおさまったらしい。

「ほな、この子は連れてくで」
と、一通りその場がおさまると、スペインはひょいっとイングランドを抱き上げ、

「うちの国はほんまはこんなんやないんやで?
街も城も建築物も…食べモン、服、芸術…どれもほんまはすごいんや。
おいおい見せたるけど、今日はとりあえず疲れとるやろし、親分の邸宅で休もうな」
と、語りながら去っていく。

その足音が遠ざかって消えた瞬間、王を始めとして息を張り詰めていた広間の貴族達が一斉に安堵の息を吐き出した。

「自分…あかんで?
小国の島国くらい別にどうとでもなるけど、祖国のメンツ潰したら殺されんで?」
という国王の言葉にその場にいる貴族達の心境が全て集約されていた。



「そんな緊張せんといてや。
あれは一種のパフォーマンスやから気にせんでええで」

王の城から辞して自邸へと向かう馬車の中、それでなくても大きな丸い目を零れ落ちそうなくらい見開いたまま硬直しているイングランドに、スペインは苦笑した。

「長い時を生きて栄枯盛衰なんか嫌んなってるくらい見とる親分からするとほんまバカバカしいんやけどな、人間…特に貴族なんかは今の国の強弱がそのまんま価値あるないやと思っとるし、自分より弱いもんは蔑んでええ思うとるんや。
せやから自分みたいに小さな国やと侮ってかかるし軽んじるだけで済まんかったら危ないからな。
自分がこの国の国体の親分の嫁さんで、それに何かする言う事が親分のメンツ潰すいう事をわからせとかなあかんねん」

そう言いながらスペインは隣にちょこんと座るイングランドを引き寄せて
「せやから別に誰かれ構わず怒っとるわけやないで?怖がらんといてな」
とちゅっとつむじに口づけを落とした。

するとさらにかちんこちんに固まる様子に思わず顔を覗き込むと、真っ白な肌が真っ赤に染まっている。

なんやこれっ…かっわ可愛えええ~~~!!!!

絶叫しなかった自分を褒めてやりたいとスペインは思う。

スペインの愛しい天使は度を超えて恥ずかしがり屋らしい。
いまどき深窓の令嬢だってここまで初心ではないのではないだろうか…と思うものの、指摘をしたらすでに潤みかけているペリドットが大洪水になってしまいそうなので、もう見ないふり気付かないふりで、

「好きやで。」
とだけ言って、赤くなった顔を覆い隠すように自分の胸元へと引き寄せた。




 Before <<<      >>> Next


0 件のコメント :

コメントを投稿