黒衣の花婿白衣の花嫁5

来た時の事を考えると自船で3時間くらいの距離だ。
さてどうする…と思って自分に抱きかかえられたまま硬直している花嫁に視線を落とす。

可哀想に…おそらく初めての船出があんな心許ないボロ船で恐ろしかったのだろう。
ずいぶんと疲れて衰弱しているように見える。

時間は今後いくらでもある…スペインはそう判断して、花嫁をそっと自分の寝台に下ろした。


それは今までイングランドがいた船室にあったそれとは違い、自邸内にある大の男が数人寝ても全く余裕があるような天蓋付きの寝台に比べたら質素ではあるものの、そこそこの広さのある寝心地の良いものである。
そこに敷かれた黒い絹のシーツの上に下ろされて可哀想なくらい硬直する幼い花嫁。

その額にそっと口づけると、スペインは
「可哀想にな。あんなんやったら怖くて寝れへんかったんやないか?
この船は安全やし、陸地に着くまで3時間ほど時間あるから、ここでゆっくり休みや。
親分の部屋やから気ぃ使わんでええよ。
起きた頃に食べれるように何か食べ物と飲み物用意させたるわ」
と、言いおいて、部屋を出た。



こうしてそのまま自ら食堂に向かい、何か軽く食べる物と果実酒を用意させ、それを持って部屋に戻る。

もしかして緊張して眠れていないかも…と心配もしていたのだが、おそらく船出以前からバタバタしていたのだろうし、そのせいもあって疲れが溜まっていたのだろう。
イングランドは自らがまとっていたシーツに包まったまま、寝台の上で気を失うように眠っていた。

黒いシーツの上でまるで身を守るように丸くなって眠るその白い塊はひどく小さく頼りなく見えて憐憫の情をそそられる。

スペインはとりあえず食べ物飲み物を乗せたトレイをテーブルに置くと、寝台の上でシーツの下のブランケットを敷いたまま眠っているイングランドを前に少し悩んで、しかし移動させて起こしては可哀想なので、結局自分の夏用の薄いマントを脱いでその小さな身体を包んでやった。


ああ…可愛えなぁ…
と、自分のマントにくるまったまま眠るイングランドに何か心の奥底から暖かいものが湧き出てくるのを感じる。

ふわふわと頼りない白い布の上から薄いとは言え上質で丈夫な黒いマントがしっかりとそれを包み込んでいる図はまさに自分達のようでどこか気分が高揚した。

つまり…スペインの中では今回の結婚が上司に押しつけられた不本意なものであるという認識は消え去り、脳内は手の中に転がり込んできた小さくて愛らしい宝物をいかに守り愛でるかという事でいっぱいになっている。


――大事に大事に守ったるからな

と、まるでかねてから望み続けていた幼な妻をようやく手にした夫のように満足げな笑みと共に涙の痕が残るイングランドのふっくらした頬に口づけ、スペインは自分も隣に身を横たえその細い身体を守るように抱え込んだ。

ローマ帝国亡き後、とにかく自国から…そして欧州から異教徒を追い出すために続けるしかなかった戦いの意味がようやくわかった気すらしてくる。
そう…自分は何かこう…守るべきものを守る力を得る為に戦い続けてきたのだ…。
そしてこの子はきっと、ようやく力のついた自分に神が託してくれた天使に違いない。

戦い…という必要に差し迫られた目的以外は実に爛れたダラけた生活を送ってきたこのラテン男は、しかし実は非常に使命感に燃えやすい性質も併せ持っていた。


そして今、実にわかりやすく神聖な使命を戴いた今、男の取る行動は一つだった。




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