上司の命令で結婚する花嫁が到着するその日…まさに夏真っ盛りの青天からまっさかさまに降下するように、すさまじい嵐が訪れた。
それはもう不吉の一言に尽きた。
その上その代わりに半ば人質として送られてくる向こうの国体を妻としろとはなんの冗談だ?
男である…と言うのはまだ良い。
敬虔なカトリックの国…と言いつつも、そこはご都合主義というもので、宮廷の貴族は異性同性に関わらず爛れた遊びに興じていたし、スペインとて同じだ。
男相手に一晩の遊びと割り切った恋人ごっこを演じて楽しむ事もある。
そもそもが筆おろしは同じ半島を二つの国に分かつ義兄であった気がするし、その後はローマ帝国の属領時代に一緒に育った今は袂を分かって絶賛戦闘中の悪友と気まぐれに上になったり下になったりと、気分でねていた事もある。
つまりは貞操などという観念はなかったし、妻がいるから身を慎むなどという気はさらさらなかった。
これがそれこそフランスあたりとなら、お互い人間の上司の酔狂さを鼻で笑いながら、柔らかい女の身体が恋しいとなればもう一人適当な女を見繕って3人で楽しむくらいの事は平気でやるだろう。
ただ今回の相手はそんな遊びをするのもバカバカしい田舎の小国で、そのくせ上司には対外的な事…もっと言うなら敵対しているフランスに対する牽制の意味もあるので仲睦まじくしているように見せかけろと命じられているのが、非常に面倒くさいのだ。
さらに悪い事にはついさっきたどり着いた件の国の使者によると、向こうの国体が乗った船が嵐で故障したらしい。
自分で言うのもなんだが、天下の覇権国家様に腰入れするというのに、こんな短い距離もまともに動かないようなボロ船で来ると言うのはいかがなものだろうか…。
修理中なので到着が遅れると言う使者の言葉に、スペインは即自ら船を出す事を申し出る。
別に親切心などではない。
花嫁が到着するまで自分は拘束される事になるので、ちゃっちゃと嫁を受け取ってそれを自邸に放り込んで自由になりたい、それだけだ。
そこで恐縮して遠慮する使者をスルーして、ちゃっちゃとマントをはおると私艇を出すように命じる。
自らが好んで着る黒衣に合わせて全体を黒く塗り、ところどころに本物の金の飾りを施したシックなデザインの船はスペインのお気に入りだ。
スペインの王国軍とは別の、スペイン個人の所有物だが、これですら当たり前に嵐の中でもイングランドくらいまで行き来するのに不自由する事はない。
国の正式な所有物で大事な国体をさらに大事な覇権国家に送り届けると言う大任を背負っているはずの船が、この程度の嵐で故障なんて本当にあり得ないと、スペインは王の末娘が嫁いでいった辺境の島国にますます偏見をもった。
それでも何度も言うようにスペインには拒否権はない。
そんな愛用の船で嵐の中を突き進み、ゆらゆらと頼りなく浮かぶイングランド船へと乗り込んだ。
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