――よう来たな。
と、まるで自らを倒しに来た事など気にも止めないような余裕の態度に、逆に守護者3人の緊張は高まる。
「…エンリケ…どうして……」
と、動揺するアーサー。
当然だ。こんな展開全く想像もしていない。
ギルベルトが一気に走り抜けて門を封印するという作戦は使えそうにない。
それでいち早くアントーニョが決断する。
解かれるギルベルトのエスコート。
そこでアントーニョは一人になったアーサーに手を伸ばす。
「親分と一緒に…門を封印しにいこ?」
エンリケに向けられるアーサーの視線を遮るように、努めて普通に笑みを浮かべながら言えば、縋るように向けられるアーサーの視線。
伸ばされる手。
しかしそこで響く声がその手の動きをピタリと止めさせた。
「門を封印したら、俺も二度とこの世には戻ってこれへんよ。」
「二度と…?」
ゆっくりと視線がもう一度エンリケに向けられる。
「そう…二度とや。可愛えアーサー、俺と一緒に生きたって?
アーサーがおってくれれば、もう外に行く事もせえへん。
村でそうしとったみたいに、この島で一緒に静かに暮らしたいだけや。」
「アーティ、あかんでっ!!言うたやろっ!一緒に帰ってずっと一緒に暮らすって!」
「アーサーが残って一緒に暮らしてくれれば、そいつらは生かして返したるで?
…せやけど……飽くまで戦う言うなら、全力や。
命からがら逃げ出した守護者一人残して全滅した前世の二の舞いになるで?」
「全……滅………」
もし自分が残らなければ、ギルベルトもフランシスも…そしてアントーニョも死ぬのか……。
アーサーの瞳が揺れた。
3人を見回して、そして玉座のエンリケを見上げる。
「俺…ここに……」
「あかんっ!!!!」
フラッと玉座の方へと一歩踏み出したアーサーの腕をアントーニョが掴んだ。
「全滅したってええっ!!何度死んだってもう一度出逢えばええんやっ!!
何度死んで生まれ変わっても、親分、絶対アーティを見つけたるからっ!!!
アーティに出会うために…一緒にいるために生まれてきたんやっ!!
離れるくらいなら、アーティがやらん言うても、ダメージ与えられんでも、黙ってアーティ渡すくらいなら、親分あいつと戦ったるっ!!!」
叫ぶなり掴んだその腕を思い切り後ろに振り切り、アーサーをギルベルトに預けるようにしてアントーニョは玉座に突進する。
「アホやな。俺な…自分の事は一番嫌いやねん」
エンリケはニッコリと笑って棍棒を手に立ち上がった。
ああ、生かして返すとは言ったが、こいつだけは出来れば殺しておきたい…と思う。
あの日…あの子が手をとった相手…。
数百年もの間、自分からあの子を引き離した憎い男…
「今度は自分が引き離される番やっ!!!」
「ダメだっ!!!…エスコート・ドッグナイト・アントーニョォォっ!!!!」
振り上げられた棍棒が振り下ろされる直前、アントーニョの体が後ろに引っ張られた。
「ギルッ!フランッ!周りを抑えてくれっ!!!」
と、叫ぶなり奥へと駆け出す。
なぜかはわからない。
ギルベルトの言うとおり赤ん坊の頃の記憶なのか…
いや、もっと昔から知っている気がした。
とても懐かしく…泣きたいほど慕わしい。
側にいるだけで切なくなるほど幸せな気がして、亡くすと思うと血が凍りつきそうになる。
気が狂いそうな悲しみ…それはまるでデジャブのようにアーサーを襲い、エンリケとの穏やかな9年間の優しい記憶さえも全て吹き飛ぶほどで……
死なせたくない…絶対に…
そんな思いがアーサーを突き動かしていた。
一方で思いもしない展開にエンリケの動きが止まった。
そして慌てて振り向くと、玉座の後ろ、魔界の門に聖剣が振り下ろされている。
何故…と、エンリケは信じられない思いでそれを見つめた。
誰よりも近くにいた。誰よりも長く共にいた。なのに何故……
これが…鬼と桃太郎…そしてその守護者の運命だと言うのか……
「…なんで…9年や…。今生では誰よりも近くにおったはずや…なのにまたその男を選ぶんか……」
「ごめん…エンリケ、ごめんな。でもトーニョを殺させる事なんて出来ない。出来ないんだ。」
すでに封印の手順が済み、エスコートが解かれた状態でアーサーはそれでも憎い男の手の内で泣いている。
――鬼の王もまた、愛に絶望しつつ倒されるであろう…
ああ…ほんまや…何度繰り返しても手に入れられへん…それを実感させられたんか……
体から霊力が抜け落ちていくのを感じる。
足元からサラサラと崩れ落ちるのを体感しつつ目を向ければ、愛しい少年が泣きながら自分に向かって手を伸ばしていた。
アーサー…俺に向かって手を伸ばしとるん?
ああ、残念やったな、神主…。
お前の呪いは達成せえへんで。
やって俺は絶望はせえへん…。
次に…封印が解けて生まれ変わった時には…今度こそ……
それが今生での最後の意識だった。
王を追うように次々と砂となって散る鬼達。
その霊魂が次々と門に吸い込まれ、そして静かに門が閉じて、封印が完了した。
「アーティ、泣き止んだって」
温かい唇が瞼に落とされる。
何度も…何度も……
それはまさにアントーニョが生きている証……でも……
帰りの舟の中、涙が止まらないアーサーはアントーニョに抱きしめられて慰められている。
それはとても幸せで…でも幸せと感じると、自分が随分と薄情な人間であることを思い知らされた。
ただ一緒にいたかっただけ…本当にそうだったのなら、エンリケにはひどい事をした。
あんなに優しくしてもらったのに…あんなに慈しんでもらったのに……
ただただ泣いているアーサーに、フランシスが
「別に坊っちゃんが責任感じる事じゃないよ?
だって…あの鬼だって本当のところはえげつない事して騙してたわけだし?
なにしろ坊っちゃんの爺ちゃん婆ちゃんを…」
と言いかけたのを、アントーニョが足を伸ばして蹴り飛ばした。
――アーティ傷つけるだけの事実なんて言わんとき
と、その目が言っている。
俺様もそう思うぜ、と、そこは空気を読んだギルベルトも視線で同意をした。
そして言う。
「まあ…鬼と桃太郎、どっちが勝っても負けても封印は数百年で解けるし、そうしたら双方生まれ変わるからな。
結局はイタチごっこだ。嫌でもまた会えるから。」
と、くしゃくしゃとアーサーの頭をまた撫でた。
「また…会えるのか…」
と、アーサーが泣き止んだ事で、とりあえず頭に触れた事は帳消しにされたらしい。
アントーニョの足がギルベルトの顔直前で止まった。
「ほんま…勘弁して欲しいけど…まあ、何度生まれ変わっても親分、アーティの事に関しては負けへんで。」
ずぅっとお守りしたるからな~と、頬ずりをする。
そう…何度生まれ変わってもいつでも一番そばに居て慈しみ守ってやるのだ。
(親分、きっと毎回そのために生まれるんやで)
ひと目見た時から何故か心惹かれた。
使命なんか関係なく、何故か愛おしくて仕方ない。
とりあえず…今生はもう使命も何もなく、ただただこの子を慈しんで生きよう…。
いつかはまたおとずれる戦乱の日々、数百年後のその日まで、ひたすら幸せに…
こうして一旦はめでたしめでたし、物語は幕を閉じたのであった。
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