と、まるで自らを倒しに来た事など気にも止めないような余裕の態度に、逆に守護者3人の緊張は高まる。
「…エンリケ…どうして……」
と、動揺するアーサー。
当然だ。こんな展開全く想像もしていない。
動揺を反映して解かれるエスコート。
たたらを踏むアーサーをギルベルトは慌てて支えた。
その様子に少し眉を潜めるエンリケ。
しかしそれには触れない。
「アーサー、おいで。
家で待っとって言うたのに、心配したんやで?」
常と変わらぬ穏やかな笑みを浮かべて手を差し伸べるエンリケ。
あまりにいつも通りのその笑みに、アーサーが手を伸ばしかけた時、後ろからアントーニョが鋭い声で言う。
「ご主人、騙されたらあかんで?
自分の育ての親の爺ちゃん婆ちゃん殺したんはそいつや。
自分を鬼の側に取り込むために取り入るためにな。」
…えっ?
伸ばしかけた手が止まる。
エンリケの目に一瞬殺意が宿るが、すぐにまた顔に笑みを浮かべた。
「なあ、9年間も一緒におった俺と、急に自分の事拉致して1ヶ月ほどのそいつらと、どちらの言う事信じるん?」
優しい優しい声。
ずっと疎まれて育ってきたアーサーを慈しんで育ててくれた家族の声だ。
「期間なんて関係ないやんっ!そいつ鬼やで?!」
「そう…鬼やから…そういう目で見られる存在やから言えへんかった。
でも信じたって?俺はアーサーと一緒に居りたいだけや。
アーサーがここで一緒に暮らしてくれるんやったら、もう人間の世界なんか興味ないさかい、この島から出ることはせえへん。
その3人かて丁重に送り届けたるで?」
そういう目で見られる存在……
かつてエンリケと出会うまで…いや、出会ってからも自分もそういう存在だった。
何をするわけでもなくても人から疎まれる……。
「騙されたらあかんっ!!」
というアントーニョの叫びも、自分を疎ましがった村人のそれと重なり始める。
「だって…俺だってそうやって何をしなくても疎まれる存在だったんだ。」
エンリケだってそうかもしれない。
鬼に生まれただけで…額に角を持って生まれただけで疎まれてきたのかもしれないじゃないか…。
「人は自分と違うものを忌み嫌うものなんだ…」
自分はむしろ鬼の世界に身を置いた方がいいのかもしれない…アーサーがそう思って玉座に一歩歩を進めた時…わかった…と、小さな声がした。
「16年前、俺らがまだ赤ん坊のご主人を抱えて逃げている時、時を稼ぐのに神社に残った俺の親父に手をかけたのは確かにそいつだ。
弟を連れに帰った時、俺は弟の口を塞ぎながら棍棒で親父が殴り殺されるのを隠れて見ていた。
ご主人の養父母についてはこの目で見たわけじゃねえ。
正確には視覚に優れるフランしかその現場を見てねえ。
でも親父に関しては確かにこの目で見たんだ。
もちろん証拠なんて出せはしねえけど…ご主人がそいつを信じてえって言うならそれでいい。
でも…」
と、そこでギルベルトは普段使っている剣を構えた。
「俺はそいつを信用できねえっ!
親父を殺してご主人の養父母を殺して、それでもそれをバックレてご主人に手を伸ばすなんて輩はなっ!
だから俺は戦う。
二度と大事なモンを守れずに手放して生きるなんて真似はしねえって誓ったんだ。
だからあんたを信用できねえ奴に託すくれえなら、ダメージ与えられねえでも戦って誓いに殉じてやるっ!」
叫ぶなり掴んだその腕を思い切り後ろに振り切り、アーサーをアントーニョに預けるようにしてギルベルトは玉座に突進する。
「アホやな。俺な…自分の事は一番嫌いやねん」
エンリケはニッコリと笑って棍棒を手に立ち上がった。
ああ、生かして返すとは言ったが、こいつだけは出来れば殺しておきたい…と思う。
あの日…あの子が手をとった相手…。
数百年もの間、自分からあの子を引き離した憎い男…
「今度は自分が引き離される番やっ!!!」
と振り下ろされる棍棒に、アーサーはハッとした。
笑顔で…嬉しそうに振り下ろされる棍棒……
ああ…あの優しい穏やかな日々は、やはり幻だったのか…
「エスコート・モンキーナイト・ギルベルトっ!!!!」
決意をこめて叫べば、棍棒が当たる直前で自分の方に引き寄せられるギルベルト。
「ご主人…」
「話は後だッ!門へ急げっ!!」
「了解っ!!」
アーサーの命じる一言で、ギルベルトは目にも留まらぬ早さでエンリケの横をすり抜けると、門へとたどり着く。
「封印っ!!」
「承知っ!!」
開いた門を十字に斬れば、鬼達の霊魂が門の奥へと吸い込まれていく。
何故…と、エンリケは信じられない思いでそれを見つめた。
誰よりも近くにいた。誰よりも長く共にいた。なのに何故……
これが…鬼と桃太郎…そしてその守護者の運命だと言うのか……
「…なんで…9年や…。今生では誰よりも近くにおったはずや…なのにまたその男を選ぶんか……」
その言葉にアーサーはグッと唇を噛みしめる。
「ギルの言葉は必ずしも優しくない…だけど……そこには真実があるんだ。
甘いだけの言葉じゃない、でも誠意と信頼がいつもこもってる。」
また…この男に負けたんか……
――鬼の王もまた、愛に絶望しつつ倒されるであろう…
ああ…ほんまや…何度繰り返しても手に入れられへん…今回もしてやられたわ…でも……
崩れゆく体を実感しながら、エンリケは微笑んだ。
「俺は…負けへんで。何度でも生まれ変わって、今度こそアーサーを……」
徐々に崩れ落ちながらも伸ばされる手に、ギルベルトは思わずアーサーを引き寄せた。
サラサラと形をなくし、最後に伸ばされた手の形の砂だけが残る。
「大丈夫か?ご主人」
ギルベルトが顔を覗きこむと、じっと砂を凝視していたアーサーは泣きそうな顔をしながらも笑う。
(本当は…本当にアーサーを手に入れたかっただけかもしれねえけど……)
と、それまでアーサーが凝視していた砂に目を落とした時、ふわりと何かがギルベルトの横をすり抜けた。
(今だけは…自分に預けといたるわ。けど…来世では覚悟しとき?負けへんで…)
「え?」
と振り向いた時にはそれは魔界の門へと吸い込まれて、カタンと次の瞬間に門がしまって封印が完了したようだ。
(あれは…挑戦状か…)
おそらく来世でも真っ先にアーサーの事を思い出すのは自分で…全ては自分にかかってくるのだろう。
それならそれでよし。
何度挑んで来られようと絶対に負けはしない。
「ギル?どうした?大丈夫か?」
ぼ~っとそんな事を考えていると、目の前でアーサーが手を振っている。
「ああ、わりい、大丈夫だ、行くか。」
何回生まれ変わっても、俺はモンキーナイト・ギルベルトで、アーサーは俺のご主人様。
絶対に守って守って守り切ってやるぜっ!
とりあえず鬼が消えた現世ではショタペドと変態から?
そんなことを考えていると、口にだしたわけでもないのにアントーニョの蹴りが飛んできた。
「なんや失礼な事言われた気ぃしてん。」
と言うアントーニョに、アーサーがぷくりと頬を膨らませ
「お前、何もしてねえギルに何やってんだよっ、ハウスっ!!ちゃっちゃと舟の用意してこいっ!」
と、出口を指差す。
「ひどいわ~。でもまあ、こんな場所ちゃっちゃと離れたいのは確かやな。
すぐ支度するわ~。」
と駆け出していくアントーニョを見送って、3人も出口へと向かった。
こうして一旦はめでたしめでたし、物語は幕を閉じたのであった。
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