それでも…それでもまだ希望は残っている。
ここでその使い手である3人を倒したのならば、少年だけでは何も出来ない。
もしくは少年が3人の守護者よりも…人間達よりも自分を選んでくれたならば……。
どれだけ少年を愛しているか、どれだけ少年を必要としているか、どれだけ共に生きてほしいと思っているか……。
聖剣を稼働させた状態で、しかし少年はエンリケを斬るのを躊躇った。
が、そこで守護者の一人の言葉で、また剣を構え直す。
そして言う。
自分は人の世を守護者を捨てることはできない。
体中の血が沸騰した気分だった。
怒りのままエスコート中でない一人に手をかけようとした瞬間、エンリケの棍棒はそれを庇った少年ごと、エスコート中の守護者を絶命させた。
何故…と問うまでもない。
敢えて守護者の一人を庇った理由…それはその守護者がエンリケが喉から手が出るほど欲しているモノ…少年の特別の愛情を向けられているものだったからである。
エスコートが解けて己の身1つになった瞬間、少年はエンリケに庇った守護者の命乞いをした。
聖剣の霊魂を宿す者としての使命もなにもかもなげうって、自分の宿敵である鬼の王に幼なじみで誰よりも大切な相手だという守護者の命乞いをしたのである。
心にどす黒い闇が広がってエンリケは少年の目の前で少年の愛する守護者を手にかけた。
呆然とした目をエンリケに向けた少年の表情を今でも忘れられない。
そのショックからか絶望したように息を引き取った少年の亡骸を抱いて、エンリケは血の涙を流した。
愛していたのに…少年が自分を選んでくれていたならば、守護者の一人や二人、生かして返してやることなど、造作も無いことだった。
が、少年は愛する守護者を選び、そして逝ってしまった。
心が心臓が凍りついてパリパリと音をたてて崩れていく気がした。
そうして、エンリケは愛しい者の亡骸を抱きしめながら自ら命を絶った…はずだった…。
が、気づけば数百年後、やはりこの世に再度生を受けていた。
残酷な前世の記憶を抱えたままの新しい生は、まるで地獄のようだった。
癒えることのない悲しみとどうしようもない憎しみ。
しかも数百年前、エンリケが命を絶った後、姑息にも生き延びた守護者の一人が鬼達の追跡をかいくぐり、憎き【鬼滅剣桃太郎】の核を人の村まで持ち帰り、それは今も神社に奉納されているというではないか。
自分と少年を引き裂いた【鬼滅剣桃太郎】。
それが未だ存在しているなどということが許せるはずがなかった。
この恨み晴らさでおくべきかっ!!
村を絶滅に陥れ、聖剣を祀る神社に押し入った際、神主が生意気にも
【今から16年ののち、鬼ヶ島に桃太郎と3人の守護者がたどり着く。そして…今日この村を鬼が襲ったように、全ての鬼は若者と守護者の前に倒され、鬼の王もまた、愛に絶望しつつ倒されるであろう】
などという呪いをかけてきたが、自分の愛は数百年前、あの少年の死と共に消えてしまったのだ。
今更恐れるものもない。
そう思い、姑息にもまた逃された聖剣を追って人の世にまぎれているうちに辿り着いた小さな村。
その村外れにひっそりと暮らす幼い子どもを一目見た瞬間に、エンリケは確信した。
あれは…あの子どもは、少年の生まれ変わりだ…と。
今度こそ失敗はすまい。
幸いにして子どもは何故か村人から避けられているらしく友人もいないらしい。
自分だけが…唯一…唯一の心許せる相手になれば、もう幼なじみなどという輩を選ぶ事もあるまい。
少年が執着するのは自分だけでいい。
邪魔な老父母は少年が出かけている間に撲殺した。
これで少年が頼る者も執着する者も自分以外にいなくなる。
怪しまれないように1週間あけて、まるで偶然寄って夜に山を歩くのを避けたいだけのように、少年の家に一夜の宿を求め、そのまま幼い子どもを心配するように居着く。
あくまで穏やかに…鬼であることを気取られないように…そして…他の者が少年に近づかないように…と、細心の注意を払って生活をした。
村を滅ぼした16年後には一度鬼ヶ島に戻って憎き桃太郎達を倒さねばならないが、ちょうどその頃にはアーサーも愛を交わしても良い頃合いに育つ。
おかしな虫がつく前に手折ってしまって、鬼ヶ島に近い街にでも待たせておいて、桃太郎を倒したあとしばらくは人として愛を深めた上で、最終的に事情を話せば長く愛をかわし続けた後ならわかってもらえるだろう。
そうしたら、人の世界などどうでもいい。
少年と鬼ヶ島で永久に仲睦まじく暮らせば良いのだ。
全ては上手くいっているように思えた。
アーサーと二人の生活も9年におよび、すっかり気を許してもらえるようになっていた。
そしてそろそろ桃太郎が来る時期にもなるし、とりあえず鬼ヶ島に近い街まで移動しようか、その前に…と、体を重ねて絆を深めようと思っていたところに、邪魔が入った。
近隣を見張らせていた子鬼共が守護者らしい奴らに滅っされたのを知覚する。
上位の鬼に手を出していないところをみると、まだ桃太郎は覚醒していないか、もしくは合流出来ていないのだろう。
それなら守護者の方を倒しておけば、桃太郎を倒さずとも数百年は平和になる。
そう思って少年、アーサーには家に残っているように言い残して自ら守護者を倒しに出たのだが、それが失敗だった。
エンリケが駆けつけた時には守護者達はすでに子鬼を倒し終わり撤退したところらしかった。
追いかけてでも倒しておきたいところではあるが、残してきたアーサーも気になると家に戻ってみるといない。
まさかっ!自分を追いかけたのではっ?!
と、慌てて自分が行ったのとは反対方向に急いでみると、悪夢のような光景…。
アーサーが…聖剣を発動し、守護者と共に上位の鬼を倒している。
まじか…あの子はどこまでいっても、生まれ変わっても桃太郎なんか……。
目の前が真っ暗になった。
取り返したいところではあるが、今はまずい。
予備知識もないうちに鬼であることをばらすのは得策ではない。
とりあえず…人のフリをしていても守護者なら見破られる可能性もあるだろうし、家で待とう。
律儀なあの子の事だ。
鬼ヶ島に向かうにしても、黙って行くことはあるまい…と思ったら甘かった。
いつまでたっても戻ってこない。
おそらく小癪な守護者達に言いくるめられたのだろう。
生意気な…と、笑顔を引きつらせながら、エンリケは思った。
良いだろう、それなら真っ向から争ってやる。
幼なじみで初恋の相手などというものに阻まれた前世の時とは違い、今回自分はあの子と9年も二人きりで過ごしているのだ。
せいぜい1ヶ月くらいの付き合いの守護者などに負ける気はしない。
――今回こそ勝者は俺やで?守護者の若造達、ご愁傷様やな…
ニコリと綺麗な笑みを浮かべて、エンリケは配下に命じた。
「桃太郎さん一行が来ても手ぇ出したらあかんで?
丁重にここにお迎えせなな?」
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