「これ…鬼のボスが戻ってるな……」
城門の前に来ると自然に吊り橋が降ろされ、道中も遮る者は誰もいない。
――全部の鬼に一斉にかかってこられると、さすがに厳しいよな
と、そういう意味かと思って言ったアーサーの言葉は、
「ん~、上位の鬼はだいぶ減って復活までには時間かかるやろし、雑魚やったらいくらおっても親分が蹴散らしたるから大丈夫やで」
と、アントーニョにあっさり否定される。
それは別にアントーニョの強がりでもなんでもないらしく、
「まあ…お前ならやるよね。ていうか、鬼が可哀想でお兄さん泣いちゃう」
とフランシスがお約束の泣き真似をしている。
そして最後の一人ギルベルトも
「まあ…そういう意味合いじゃねえんだけどな…」
と大きくため息をつきながらもアントーニョの言葉を否定しないところをみると、実際そのあたりは大丈夫なのだろう。
では何故?と、首を傾げるアーサーに、ギルベルトは少し困ったような悲しそうな顔をして微笑んだ。
「ご主人…前に言ったよな?俺様を信じてくれって。
もし魔界の門を封印出来て、役目から解かれたとしても、俺様達はずっと一緒だ。
役目だからじゃねえ。
俺もトーニョもフランも、ご主人の事がすげえ好きだし、家族だと思ってる。
一人にはしねえしさせたくもねえ。だから……」
と、言いかけた言葉は、不機嫌なアントーニョの言葉に遮られる。
「自分、今ご主人エスコート中やから殴られん思うて、ご主人口説かんといてやっ。
アーティ、ギルちゃんもフランもおらんくなっても、親分はず~っと守ったるからな~。
こう見えても親分農作業も得意やし、狩りも出来るし、生活力あるんやで~」
「お前も~、本当に口説かないっ!!お兄さんはお前ら手のかかる二人や坊っちゃん置いてどっかにいったりしませんっ!4人揃ってめでたしめでたしでいいでしょっ。
さ、行くよっ!」
と、それをさらにフランシスが遮って、4人は奥へとひたすら進んでいった。
ただただ真っ直ぐな道のり。
魔界の門の臭気はこの奥から流れてきている。
そしてたどり着く大きなドア。
それも側まで行くと自動的に開いた。
――よう来たな。
と、そこでアーサーは信じられない声を耳にした。
それは…村にいるはずの育ての親でもある同居人の声だった。
あれは数百年も前の事だ。
あの日もこんな風に晴れ渡った良い天気だった。
――エンリケっ
浅黒い自分と違って真っ白な肌に柔らかな色合いの髪、同じ緑とはいっても自分のモノよりも随分と明るい柔らかい色合いのそれはたいそう愛らしい。
鬼滅剣桃太郎の主がいると危険だからと止める供の鬼達を振りきって、人間に化けて寄ってみた村外れにその子どもはいた。
4人兄弟の末っ子ということもあって余分ものと疎まれていたその子どもは、花を摘みにここまで来たのだという。
「他の奴らには内緒なんだ」
と、どうやら遊び友達をも振り切って一人足を伸ばしたその場所は、子どもにとっては大事な秘密の場所らしい。
「お前は特別にいるのを許してやるけど、ここの事は誰にも秘密だぞ?」
と、人に姿を変えているとは言っても、皆が恐れる鬼の大将である自分に随分と偉そうに言うのも可愛らしくて、
「おおきに。秘密は守るで?」
と、笑って頷いたのが始まりだった。
世の中にはどうやら自分達の天敵である【鬼滅剣桃太郎】の使い手が誕生したらしく、誕生から16年でその能力を発揮し、自分達を倒しに来るらしい。
もちろん倒されてやる気など毛頭なく、そいつらを迎え撃って返り討ちにしたならば、また使い手が生まれるまで数百年先まで訪れる平和な時間のうちのほんの100年弱、この子と暮らすのも悪くは無いと思っていた。
その間、もしこの子が鬼である自分を受け入れてくれるなら、人外の者として永遠に近い時を共に生きるのも悪くはない。
鬼と体を重ねれば、人は人外の者として鬼と同様の時を刻む事ができるようになるのだ。
鬼の中には攫ってきた都の姫をそうやって妻にした者も多くいる。
もっとも…そのうち夫婦として幸せに添い遂げられる者は極々少数。
無理に攫って手折ったところで、大抵の女はその身を呪って自ら命を絶っている。
だから…あくまでゆっくりと打ち解け、心を許す時間が必要だ。
それには邪魔な【鬼滅剣桃太郎】の使い手を早々に滅しなければならない。
それまではこうして時折秘密の花園で逢瀬を繰り返せば良い。
そんな思いで待ちにまったその時が来た。
桃太郎の来襲をエンリケは心躍るような気分で待ち受ける。
この者達を滅したら、あの子と永遠に仲睦まじく暮らせるのだ…。
そして玉座の間のドアが開いて呆然とする。
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