その言葉にアーサーはしばらくそのまま呆然とへたり込んでいたが、やがて自分も手伝おうとあとを追う。
草履を履いて裏の畑へと急ぐと、エンリケはおらず、一面に植えた芋を掘り起こした気配もない。
不思議に思って念のため野菜を備蓄している納屋も覗いてみたがやはりいない。
まさか一人で旅だったとかではないよな…と、不安に思って、アーサーは村とは反対側、外への道をひた走った。
そこからははるか遠くまで見渡せるが、人影らしきものが見えない事に安堵する。
…が、次の瞬間、アーサーは道を挟む草むらから飛び出してきた影にぎょっとした。
人と似た姿、アーサーよりはもちろん大きい…村の男達よりもさらに一回り大きな体で、頭には二本の角。
鬼…鬼だっ!!
反転して村の方へと逃げようとすると、後ろにも鬼。
何故こんな小さな山奥の村に?と考える間もなく、アーサーはとにかく逃げる。
村からはどんどん遠く離れてしまったが、何故か追ってくる鬼。
自分一人に構うより、さらに人の多い村に行ったほうが…と、ちらりと浮かんだそんな考えを、アーサーは慌てて脳内で否定した。
村にはエンリケだっているのだ。
少しでも村から…エンリケから遠くに鬼を引っ張らなければ…と、そのうち目的は鬼から逃げるよりも鬼を誘導することに変わっていった。
しかし文字通り人並みをはるかに超えた体力の鬼に、しだいに距離は縮まって、もつれた足が大きな川にかかる小さな橋の上で滑る。
バッシャ~ン!!とあがる水しぶき。
ブクブクと泡をたてながら沈んでいく体をアーサーは必死に動かした。
が、山育ちで泳げないので呼吸がつまるばかりで移動すらままならない。
そうこうしているうちに、滲む視界にどうやら追ってきたらしい鬼の姿が入ってくる。
ああ…もうダメだ…。
明日…明日にはエンリケと旅に出るはずだったのに……
急にいなくなったら心配するだろうか…。
それより村にまで鬼が行ってなければいいんだが…
エンリケだけでも逃げてくれれば……
色々と脳内をクルクルしている時、不意に声が聞こえてきた。
――…エスコート・ドッグナイト……
え?
後ろを見ても誰もいない。
――ええからっ!『エスコート・ドッグナイト・アントーニョ』って強く念じっ!!
(え…エスコート…ドッグナイト…アントーニョ?)
――もっと強くっ!
(エスコート・ドッグナイト・アントーニョ!)
「よっしゃ~!命令了解やっ!お守りしたるでっ、ご主人様っ!!」
ふぅっと一瞬体が浮くような感覚。
次に何かに包まれるような感じがして、気づけば呼吸が楽になっていた。
手にはいつのまにやら薄桃色に光る剣。
水の中で水圧も何も物ともせず、縦横無尽に走り回り、数多の鬼を叩き伏せる自分がいた。
まるで自分が自分ではないような感覚。
もっと言うなら、ふわりと何かに包まれて動かされているような…。
温かい…と、こんな時なのに安らいで力が抜けてしまう自分がいる。
――ええよ。親分が全部ちゃんとしたるから、そのまま力抜いて休んどき。
と、優しい声は、なんだか初めて聞いた気がしない。
懐かしい感じがする。
…心地良い………。
軽く目を瞑って体を預けると、受け止めてくれるような感覚を感じる。
――迎え、遅くなって堪忍な。これからはずっと一緒やで。
という言葉に、いまだかつて感じたことのないような安心感が体中を包み込んだ。
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